第3章 誰かのために生きるということ

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「どうした、東海林。なんか話が脱線してないか?」  大原さんは苦笑いを浮かべた。 「お前は面白いヤツだと思ってる。普通のヤツとは違う目線で建造物を見る。構造物の本質をいきなり捉えようとしている。お前の書く図面はどれも、面白い。歴史的要素を基調としながらも、現代の合理性をさりげなく取り入れていて、その発想の豊かさには驚かされた。だから、お前を今回の補修案件に抜擢したんだ」  飯島部長が真剣な顔で、そんな嬉しいことを言ってくれた。  でも、今喜んでいる場合じゃない。恵鈴とのことを誰かに話すというだけで、色んなことに気付き出した俺は、居ても立っても居られない気分になっている。  迷惑をかけていたのは…、いやそっちじゃない。支えてくれていたのは、恵鈴の方だったんだ。遠慮なんかじゃない。恵鈴は俺の邪魔をしたくなくて、出て行ったのだ。  それがはっきりとわかって、俺は思わず立ち上がった。 「仕事が好きです! でも今は、彼女を迎えに行きたい!!」  俺を見上げて目を丸くする二人をよそに、北野部長だけはニタニタと笑って言った。 「居場所がわかってんなら、すぐにでも会いに行ってやれ。色男」  俺は自分の上着と荷物をひっつかんで、居酒屋を飛び出していた。  腕時計を見る。午後九時少し前なら、まだ電車はある。最寄り駅の改札を通り、東京駅に向かう。明日は平日なのに、そんなことはどうでも良くなる。  切符売り場に駆け込み、行先を告げて切符を買う。戻りのことは今は考えないでおこうとしたが、おふくろの顔が過った。自分のタイミングだけを考えて行動するのは愚かだ。迎えに行くには早過ぎるかもしれない。冷静になろう。  濃い目の珈琲をがぶ飲みして落ち着かせようとするも、心臓がさっきからバクバクと大きく騒がしくなる。抑えていた気持ちが溢れ出しそうで、夜のガラス窓に映る自分が今にも泣きそうに見えた。  
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