第3章 誰かのために生きるということ

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 何度も恵鈴と二人で歩いた旅路をひとりで行くのは初めてのことで、もう良い大人なのに心細さを感じてしまう。ひとり行動があれだけ好きだった子供時代は遠い昔で、今の俺はかなり中途半端な気がしてしょうがない。  酔っ払いや、読書をするほかの乗客たちを見渡してから、椅子の背もたれに身を預けた。ネクタイを引き抜いて鞄にしまいながら、窓の向こう側の景色に目を向ける。  揺れながら、灯る光の蜃気楼が一瞬で流れていく。もう、ここがどこかも良くわからなくなる。  急に睡魔に襲われて、俺は手探りで携帯端末を探し出して、なんとかアラームだけはセットした。乗り換えの駅を通り過ぎればバカを見る。  目を閉じると、なぜか親父の背中を思い出した。細目を開けると、すぐ近くでおふくろに抱かれて目を閉じている恵鈴が、やはり薄目を開けて俺を見上げる。ふたりでこっそりと笑い合った。俺達はいつだって、そばにいた。  俺はガキの頃、恵鈴の倍、いや、もしかしたら三倍は熱を出してばかりいて。そのたびに恵鈴が俺のすぐそばに居座って、俺のために本を読んでくれたり、折り紙をしながら話しかけてくれたり、気遣ってくれたものだった。  保育園や学校で、俺が孤立して誤解されていると、恵鈴が必ず俺のしらないところで周りに働きかけて誤解を解いてくれていたことも、俺は気付いていた。おふくろに似て、男のプライドを潰さないように縁の下から持ち上げてくれる器の大きさに甘えっぱなしで、考えてみればあの頃と今とそれほど変わってない気がする。  俺よりも何枚もうわてな恵鈴のために、俺ができることはなにか。それを、見つけるために行くんだ。そう、心に決めた。
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