第3章 誰かのために生きるということ

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 待ち構えられていた。俺は少々面喰いつつ、言った。 「っていうことは、恵鈴がそこにいるってことですよね?」  声が、震えてしまう。  尊美さんは穏やかな声で応えた。 「…それを応える前に、ひとつ聞くよ。今夜の宿はどうするつもりだったの?」  振り向くと、いつの間にか尊美さんが俺に向かって歩いてきていた。正面玄関ではなく、裏口から出てきたようだ。 「尊美さん……」 「燿馬くん。とりあえず、うちの本館に部屋をとってあげるから、そっちに行こう。その様子じゃ、仕事帰りに思い余って電車に飛び乗ってきた…みたいじゃないか」  あたっている。さすが、尊美さんだ。この人は勘が鋭いと以前から感じていたが、どこかおふくろに近いものを感じさせてはいた。俺がいずれここに来ることは事情を知る者なら誰にでも予想できることだけど、今ここに俺が来ていることに気付くのが、速い気がして。  勘が良いのか、頭が良いのか。 「…ん? そんなに身構えなくても」  尊美さんは微笑んだ。 「君のことだから、居場所さえわかれば飛んでくるだろうっていう大方の予想をしただけだよ。夏鈴さんのようなインスピレーションは俺にはないよ」  夜風に流されて、さらさらと尊美さんの前髪がなびいた。俺と違ってストレートヘアが決まって、独特の色気を放っている。前に会った時よりも何倍もオーラが強くなった気がする。 「荷物も…全然ないんだね。下着の替えも、俺ので良かったら新品のやつをあげよう。ほら、ついておいで」 「店番は?」 「もう、閉めたんだ。後片付けがまだ残ってるから、あとでやらないと」 「忙しいところに、連絡なく押し掛けてすいません。恵鈴のやつがお世話になって、ありがとうございます。ここにいるなら安心だって思ってました」  俺は、まずは頭を下げた。でも、尊美さんは困ったように眉毛を下げて、苦笑い。 「そういう堅苦しい挨拶も、部屋に行ってからやろうか」
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