第3章 誰かのために生きるということ

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 アートギャラリーとBARが同じ空間にある店の前には、枯山水庭園の入り口があって、その先へと進むと石畳の幅広い通路があって、白い砂利の中に灯篭のようなライトが優しい光を放っている。  蒼井家は代々この場所で旅館を営んでいて、古い建物をリフォームして今と昔がミックスされている。元空間デザイナーの真央さんの手によって、洗練された和風旅館は外国人はもちろん、日本人にも人気が高いらしい。  靴のままゲストルームに入れるようにと、廊下の真ん中に大理石が細い道を作っていた。庭から屋内まで同じ素材で延長された小道を歩くと、カツコツと小気味よい足音が響き渡る。この音響もきっと計算されたものなのだろう。 「…改装したんですね」 「うん。去年、半年かけて修繕工事をしたんだ。台風やらゲリラ豪雨やらで、屋根から傷みやすくなっていたんでね。吹き付けられた雨で窓ガラスも傷むし、建物は大きな消耗品だよ」  日本の木造建築は主に木を材料としているため、湿気と雨による腐食防止策は定期的に手を入れなくてはいけない。大規模な建物程手を入れていかないと、百年持たせることも大変なんだろう。 「燿馬くんは、建設業だったね?」 「あ、はい。俺がいる部署は、海外の古い街並みを維持するプロジェクトを立てているんです。今は、デンマークの都市部の改修工事案件を…」 「仕事、楽しいかい?」  語尾が霞んだ俺に気を遣ったのか、尊美さんが俺のほうを向いて首を折り、顔を覗き込まれた。小さい頃、こうやってよくおふくろに覗き込まれたことを思い出す。  そんなに俺は、頼りないんだろうか。 「楽しいです…。でも……」  尊美さんは本館のフロントに向かって、指先だけで従業員に指示を出し鍵を持って来させた。俺には聞こえない声で何か指示を出すと、従業員は畏まって一礼してから音もたてずに小走りしてフロントに戻っていく。  人を雇って遣いこなすところを目の当たりにした気がして、すごくカッコいいと思った。
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