第3章 誰かのために生きるということ

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「落ち着いてなんかられっかよ! なんで、俺はいつも除け者にされんのか、納得いくように話してくれよ!」  電話口の向こう側で、おふくろが深呼吸する音が聞こえる。いや、ため息かもしれない。 『除け者にした覚えはなかったけど、私がようちゃんの立場ならきっと同じように感じると思うから、怒るのは当然よね。ごめんね、ようちゃん』  おふくろの謝罪はなにも問題ないのに、俺の怒りは全っく収まらない。 「ごめんね、ようちゃん。じゃねぇってば! それで済むんなら警察も裁判官もいらねって!」 『……ごもっともです。ごめんなさい、ようちゃんがこんなに怒るなんて思わなかったわ。私の配慮が足りなかったんだわ。ごめんなさい』  何度も謝ってくるおふくろの声からは哀愁が漂っている。むしゃくしゃする頭を左手でかきむしりながら、俺は息を全部吐き出してゆっくりと吸い込んだ。 「わ、悪かった……。ごめん、おふくろ。言い過ぎた」 『私もね、いつ話そうかって悩んではいたのよ。あなたが東京に戻ってすぐに真央さんから電話が来たの。  恵鈴の目が視力を取り戻した話を聞いて、すごくほっとして。でも、真央さんが恵鈴と養子縁組をして蒼井家の人間にしたいって……。  最初は驚いたけど、でも真央さんが考えていることはすぐ理解できたわ。恵鈴にとってそれが必要なことなら、成り行きに任せてみるのも良いのかもしれないって、パパとも話したのよ』  なんでそんな突飛な話をすぐに理解できちまうのか、相変わらず俺にはさっぱりついていけないおふくろ。親父が理解できたなんて、俺には信じられない。 「親父にかわってくれよ」 『わかった』 『……もしもし』  親父の声に、涙が出そうになる。思わず鼻を啜ったら、向こうもお通夜みたいな声で『俺だってな、悪い事にはならないって自分に言い聞かせているところだ』と、自嘲じみたことを言って、俺を和ませた。 『なんだろうな。恵鈴を蒼井家に嫁に出した気分だ』  嫁と言ったって、夫がいるわけじゃない。戸籍の移動を終えると、すぐにパスポートをつくってアメリカに行った話を親父にすると 『そうらしいな。日本の文化よりアメリカの方が自由度が高い。その分、自己責任社会だけどな。恵鈴にとって新しい門出にふさわしい環境の変化なんじゃないだろうか。俺達も、近いうちに旅行兼ねて顔を見に行こうと思ってる』  と、まっとうな人間らしい答えが返ってきて、俺は安堵した。
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