第3章 誰かのために生きるということ

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 多種多様な人種が集まる巨大大国の中が、いかに自由かという具体的な現実を目の当たりにするとしないとでは、確かに違うんだろう。州によっては同性愛を認め結婚もできるらしいし、俺達のような兄妹の結婚はどうなのかと、ふと疑問が浮かんでくる。  恵鈴が蒼井家の人間になったということは、つまり東海林家から抜けて、他人になったということだ。表面的なところから見れば、俺達はもう兄妹じゃないということになる。  だからどうした?  それで血のつながりが消えるなんて、そんな単純な話じゃない。  そんな簡単にはいかない。 『……なぁ、燿馬。お前たちはそばにべったりいすぎた。だから、今こうして全く知らない場所に恵鈴を送り出してやって、俺たちの知らない恵鈴の歴史が作られるんだとしたら。どう思う?』 「それは、俺だって考えないわけじゃない。むしろ今まで離れられなかったことに、悲しいぐらい苛立ってる。縛ろうとしていたわけじゃないけど、結果縛り合っていたんだから……」 『……十年とは言わない。せめて一年、あいつの新しい人生をそっと見守ってやろう。あいつの目からもう光を取り上げてはいけないんだ。俺は、そう思う』  親父は少し涙交じりの声を振り絞るようにして、声を詰まらせながらそう言った。  顔は見えなくても、恵鈴を他人の家へ養子に出すという行為が大きな決断だったことを俺は感じ取ることができたと思う。 『流れに身を任せてみたいっていう恵鈴を、応援してあげましょう。籍は抜けても、私達の恵鈴には変わりないんだもの』  おふくろの澄んだ声が、親父の半べその後ろから聞こえる。俺も、泣いていた。なんだろう、この気持ちは。  そばにいるだけで良かったはずなのに、それが恵鈴の才能を腐らせて、それで目が視えなくなったのだと思うと、そんなのは辛過ぎる。そんなわけがないと思いたくなる。でも、実際俺から離れて蒼井家を頼って行ったら、視力は戻った。絵も描き始められた。俺が与えてやりたくても与えられない環境が、全部蒼井家にある。  この部屋に俺を案内するとき、尊美さんは少し申し訳なさそうに頭を下げた。でも、時が経てばこの決断がきっと俺達ふたりにとって大きな意味を持つようになるだろうと信じている、とも言っていた。
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