第3章 誰かのために生きるということ

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 そんなこと、いきなり言われても全然意味がわかんないよ!  ひとりになった途端に、怒りに似た荒ぶる気持ちが沸き上がってきて、俺は話し相手に飢えた。  俺が悪いみたいじゃないかよ!  俺が恵鈴の才能を潰してたみたいな、そんなことかよ!  息をするのも辛そうな、恵鈴の悲し気な顔を思い出す。俺がいると明るく振舞おうとしたり、料理を頑張ったり、妙にお洒落に励んだりして。  無理をさせていた。  それは、事実だ。 『生き方の問題は、たとえ双子の兄妹でも、恋人でも、親子でも、口出しできないし、肩代わりすることもできないし、そういうものなの。だから、あなたはあなたのことを頑張って。ね? ようちゃん』  電話を切るときのおふくろの台詞は、相変わらずのほほんとした口調で、自分だけは特別みたいな態度に久しぶりに苛立った。  でも、これがおふくろだ。彼女は、俺の機嫌を取らない。ただ、とても自然体で生きている【お手本】なのだ。  自然体で生きる、ということがまだよくわからない俺。  恵鈴がそばにいなくても、俺は俺らしくいられることが大事なのだと諭す両親。  頭ではわかっているのに、心がまだこだわっている。  恵鈴に捨てられた俺は、惨めで寂しくて、つらい。  泣きながら、恵鈴の新しい絵を見上げていたら。少しだけ、恵鈴を感じられる気がして、俺はその絵に頬をくっつけて目を閉じた。あのやわらかい肌の奥から聞こえる鼓動を、感じたくて。恵鈴が恋しくて、会いたくて、会いに行きたくて、どうすればいいのかわからなくなる。
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