第3章 誰かのために生きるということ

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 なんでこうなったんだ?  呪われたように繰り返す疑問。そんなことをしたところで、答なんか見つかりっこないのに。バカみたいにグルグルと答えの出ない問いを繰り返すうちに、夜は明けて行った。  朝。尊美さんが起こしに来て、一緒に山菜取りに行こうと誘われた。着替えも軍手も山歩き用の靴まで用意周到な尊美さんにノーとは言えず、俺は泣き腫らした顔を洗面所で洗い、身支度を整えて外に出た。  まだ、朝日が昇り始める前の薄明るい時間帯。風は涼しく、鳥がどこからともなく囀っていて、日陰の紅葉は薄っすらと色づき始めている。箱根の山はもう秋の気配を漂わせているんだな、と思った。 「以前にね、晴馬さんともこうして山歩きをしたことがあったなぁ。あれからもう何年経ったんだっけ?」 「……五年……ですかね」  おふくろがかつてない危機に陥ったことがある。おふくろの家系に流れ受け継がれてきた霊能力の根源となった存在との対決で、深い傷を負っていた時に、ここ箱根の山で癒してもらったのだ。  親父とおふくろは一か月ほど滞在して、ここで育った山菜を沢山頂いたと聞いている。山で採れるものは大地の力を沢山含んでいるのだ、とむかし死んだ爺ちゃんが言っていた。 「もうそんなに経つんだね。歳を取ると、人生のタイムリミットが身に迫ってくるみたいに感じるよ。燿馬君にはまだ、そういうのない?」 「人生の……タイムリミットですか……。まぁ、正直言うとあまりぴんと来ませんね」  俺は疲れた身体に鞭打って、上り坂を歩きながら答える。普段、平坦な道ばかり歩くサラリーマンをしているせいで、足場の悪い道を歩くだけでも足腰に負荷がかかっているのがわかる。その点、尊美さんはまったく息を切らしていない。彼にとって、この道は毎日歩く道なのかもしれない。 「そっか。ま、そうだよね。ぼくも二十代の頃は全然ぴんと来たことなんてなかった。でも、成功に対する焦りだけはあったなぁ。旅館の跡継ぎに生まれて、散々そこで築かれてきた富によって育んで貰っておいて、自分のことばかり考えて家を飛び出したのが、二十三歳の時だった」
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