第3章 誰かのために生きるということ

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 山道を登っているというのに、一糸乱れぬ呼吸で淡々と語り始める尊美さんの話に、俺はただ耳を傾ける。何のつもりで俺を連れ出し、これから何を伝えようとしているのか、ちゃんと聞かなくちゃいけないってことぐらいはわかるから。  尊美さんは水先案内人の役目を果たしながら、自分の人生をかいつまんで語り出した。  二十三歳でアメリカに渡り、トランペット修行をする傍ら生きていくために友人と始めたビジネスが、今の自分に繋がっているという物語だった。ホテルの個室に飾る絵を専門に扱う画商という仕事は、やってみるととても奥行きのある仕事なのだという。  客室に求められるものが快適さだとしたら、そこに飾る絵に課せられた役割というのは花瓶の花と同じでは面白くない。友人はそう言って、ではなにを持ち出すべきかを徹底的に考え始めた。  トランペットでも特別な才能があるわけじゃなかった尊美さんは、音楽の世界でも同じような課題にうっすらと気付いていた。でも、具体的になにをどうすればいいのかまでを掴み切ることが出来ず、悶々としていた。 「これはきっと多くの人が共通に抱える問題かもしれない。自分はなにをしたいのか、なにをすべきなのか、それがわかっている人なんて滅多にいない。でも、ふんわりと今の自分で満足できなくて、欠落しているなにかを探し求めて旅をするんじゃないか。っていう、そんな発想からぼくが出した解はね、出会いだった」 「……出会い?」  解が、出会いというなら。答えは?  その思考を読んだように、尊美さんは知的な微笑みを浮かべて言った。 「人は出会わなければいけない。自分の殻を破るためには、新しい出会いによってそれまでの自分を一度壊さなければいけない。どんな旅であれ、出会いを求めているよね? それが風景だったり、文化だったり、人だったり……」 「解が出会いなら、答は?」  もどかしくて、つい言葉を遮るように聞いてしまう。尊美さんは嫌な顔せずにこくんと頷いた。
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