第3章 誰かのために生きるということ

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「答えは、人それぞれだよ。その出会いによって、心になにが浮かんで来たかを見れば良いんじゃないかな」  とりわけ珍しくもない返答に、俺は納得した。でも、一秒遅れて疑問が浮かんできた。 「出会ったぐらいじゃ、なにも変わらないんじゃない?」 「そりゃそうだよね。出会うって言っても、すれ違う程度じゃ意味なんか見出せないよ。ちゃんと会話をして、ちゃんと相手のことを知らないと」 「自分は、知らない人と喋るのは得意じゃないです」  俺の即答に、尊美さんは苦笑いする。 「喋らなくても良い出会いもあるんだよ。美術館、博物館、本でもいいし、演劇鑑賞や、音楽鑑賞でも良い。ただ訪れた町を歩くだけでも良い。風景を眺めて、そこで育った食べ物を食べたり飲んだりする……。それらのものすべてに共通するものがなにか、わかるかい?」  嗜む程度に触れて、なにかを得たつもりになることに、あまり魅力を感じたことがない俺は首を振った。 「君は、普段ハートが閉じているんだね?」  尊美さんが首を傾げて、ため息交じりにこぼした。俺はドキリとして、尊美さんの笑顔を見つめ返した。 「さすが兄妹だ。恵鈴ちゃんも、ハートが閉じている傾向が強い……。ぼくの従姉妹にも双子がいるんだけど、双子って極端なこと言えば友達要らないよね。非常に閉じた世界を好む傾向がある気がするんだけど。君たちのところはどうだった?」  俺は立て続けに図星を刺されて、閉口した。  「その様子だと、図星かな?」と、尊美さんは爽やかに笑って再び歩き出した。大きな背中が揺れている。俺は親ガモを追いかけるコガモの気分で、その逞しい背中を追いながら、動揺の波が落ち着くのを待った。
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