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狭めの住宅路を通り抜け、明治通りと呼ばれる大通りへ。そこから通りにそって南にへむかい、神宮前交差点と呼ばれる四つ辻の大交差点でしばらく足止め。信号が赤から青に変わるのを待ちきったら、最後は有名なおしゃれ街である表参道を通り、北上していく。
赤や黄色に変色したけやきの葉が落ちてくるのをさけながら、並木道を歩いた。
いくつものガラス張りの大型ファッション店の前を通り過ぎていけば、次第にその分だけ人の数が増えて行った。多分、兄の通う学校のせいだろう。『学祭』という、小学生には縁もない祭りの単語を、母が口走っていたのを思い出す。
そうして、覚えのある角をまがったところで、俺は兄の学校にたどり着いた。
――『表参道総合高校、および付属中等学校』。その学校の名が、校門前にでかでかと、『祭』の文字と共にかざられていた。
母から聞いた、兄との待ち合わせ場所はある特設ステージの裏方だった。中庭のような、後者に囲まれたせまい校庭のその真ん中。大型のステージが設置されていた。
花形と呼ばれる、縦長の人が歩くスペースが存在するステージ。が、当時の俺は、そういったステージの事を知らなかった。なので、変な形してんな、とそんな事をぼんやりと思った。
まぁ、正直な話、興味がなかったのである。――『こういうもの』に。
「おぉ、一! よく来てくれたな!」
裏方。製作者スペースだとかいう場所に兄はいた。スペースと言っても、地面に『制作者出番待ちスペース』とチョーク書かれて、四角い線がひかれてるだけのスペースだったが。
「いやぁ、財布を忘れるとか、クソみてぇなことしちまってさぁ。もうこうなったら誰かの財布くすねるしかねぇって犯罪者なるとこだったわ」
我が一家は口が悪くならねばならぬ傾向があるのだろうか。俺と違って、兄はどことかチャラチャラとした見た目をしていた。
着ている物も制服の筈なのに、改造に改造を重ねているせいか、正直、制服としての機能を失っているような気がした。耳に口元に首に指にと、さまざまな箇所につけられたアクセもまた、兄のそのチャラさと軽薄ぐあいを増させている要素だろう。
そんな兄が我が一家の口調を口にすると、よりいっそう軽薄具合が増すのだから、喋り方が人に植え付ける印象というものは末恐ろしいものである。あの親にしてこの子あり、だ。
(まぁ、兄貴の恰好は、兄貴自身の、というよりは、この学校の〝ふうちょう〟って感じだけど)
周囲を見渡す。と、兄とおなじような、理解の範疇をこえた、制服を身に着けた学生達が周囲にいた。
表参道総合高校、および付属中等学校――。服飾科に通う学生達だ。
服飾科とは、その名の通り、服に関する授業を行うクラスのことだという。正確には、芸術コースの内の一つって感じなんだけどさ、というのは、その昔、兄から聞いた説明だ。
「おんなじ芸術でも、やりたいことが違えば、必然的に目指すもんも変わってくるってもんだ。たとえばよ、そう、音楽が好きだつってもよ、それが何を指すのかで色々変わってくんだろ? ロックかクラシックかってだけでも全然違ぇし、それによっちゃ同じ音楽が好きでも理解しあえねぇ時も出てくるってもんだ。ようはまぁ、そういうもんだって話よ」
俺は将来、服に関することがしてぇ、だから服飾かを選んだんだ、とそう兄は最後に言った。たとえ話はよくわかったが、しかし、やはり俺にとってはどうでもよいことであった。
だって、服飾とか興味ねぇし。
てか、もっと言えば、『将来』とか、『やりたいこと』とか、そういうものに興味がない。
時がたてば、自然と大人になるのだ。やりたいことがあろうが、なかろうが、それは決まってる事項だし、いうなれば小学一年生が六年経てば学校を卒業する身になるのと同じである。
ヒーローや、ケーキ屋さんに憧れる年はすぎた。おばけや、机の中からやってくる青いたぬきを信じるころはもうとっくに失われた。夢を見るには、時間が流れる方がはやすぎる。夢を見てる間に、自分は大人になってしまう。
将来とか、考えなくたって、どうせいつか勝手にやってくるものなのだ。
なら別に、考えなくたっていいじゃないか。頭を使うのは、めんどうなことなんだし。
(だから、『こういう』場所にいると、イライラしてくる)
こういう、夢とか、やりたいこととか、そういうのでバカみたいに溢れ返っている場所にいると、イライラしてくるのだ。むしょうに。
まじくそ助かったわ、さんきゅーのすけ~、とアホみたいなことを言ってくる兄に、あっそ、と返す。んだよ、ノリが悪いクソガキだなぁ、と頭をぐしゃぐしゃとかきまわされた。やめろっ、とはたき落とせば、ケラケラと笑い返された。
弟の胸の内にも気づかずに、のんきに笑う兄の姿に、俺の中のイラッとした気持ちがます。
「ちょうどいいから、お前、ランウェイ観てけよ。これから午前の部だからよ」
「は? らんうぇい?」
「お。ほら、始まんぞ」
兄がステージの方を見た。俺もそれにならうようにして、ステージの方を見てしまった。
――その、瞬間だった。
光が、世界を覆った。
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