【4】凶刃

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 リュイーシャは母屋の扉から静かに離れた。そのまま壁伝いに館の裏へと回る。やがて中庭からもシオンの花の香りが密やかに漂ってきた。  黒々とした木々の合間に父の兄が泊まる別邸の低い屋根が見える。格子がはまった四角い窓からは、黄色いランプの明かりがこぼれていた。  双子の月が天頂を過ぎた深夜だというのに。  どうやら父の兄ロードはまだ起きているらしい。  いや。  リュイーシャが神殿に戻ることをカイゼルに告げた時、父はお気に入りの酒が入った壷を手にして、兄皇子のいる離れへ行く所であった。 『ロードは酒が好きでね。私が船で諸国を回るといったら、各領地の名酒をぜひ土産に送ってこいと言っていた。クレスタの幻の酒「月の雫」の話をしたら、早速持ってこいと言ったよ。もっとも、こいつはいつかロードに飲ませたくて、私も飲むのを今まで我慢してきたんだけどね』  父の顔には普段の快活な笑みが戻っていた。  神殿での会見ではよそよそしく見えた二人だが、考えてみればそれは、十八年という長い年月がもたらした疎遠の結果だったのかもしれない。  酒を酌み交わしていくうちに、離れていたせいで生まれた二人の距離は徐々に縮まり、今は互いの近況を話し合っているのだろう。  それでまだ二人は起きているのだ。きっと。
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