2・コロッセウムの挑発

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2・コロッセウムの挑発

 酒場の扉口に、ひとりのガタイのいい男がやってきたのに、パンテオンは気がついた。 「見苦しいな、マクシムス。悔しかったら、観客動員数で俺に勝ってみろ」  ふと、野太い声がかけられて、酒場の席にいたマクシムスが振り向いた。  酒場の入り口に、金髪のたくましい男が立っていた。剣闘士の衣装を着ている。鉄の肩当てに胸当てなどの装備に、腰には長剣だ。 「コロッセウム!」  パンテオンが驚いた声をあげ、椅子から腰を上げた。  コロッセウムは返事の代わりに太い眉を片方だけあげて、ふっと不敵に笑った。  筋肉隆々とした、堂々たる美丈夫だった。わずかに戦闘の気配と血の香りがする。まるでカエサルのように、他を威圧する王者の覇気があった。  堂々とした歩き方で、コロッセウムはマクシムスの方に向かう。  座っているマクシムスの隣に立った。 「マクシムス。俺の人気に文句があるようだな。俺はいつでもお前の挑戦を受ける。相手になってやるぞ」 「何だと、偉そうに!」    マクシムスが、酔っぱらいの目つきでコロッセウムを睨む。酔いにまかせてマクシムスは相手に食ってかかった。 「コロッセウム、きさまはライオンや虎や象を、人間と戦わせているそうだな。野生動物を保護しているWWF団体に悪いと思わないのか!? この動物虐待主義者!」 「は! 馬がくるくる同じ場所を走って競争するだけじゃ、観客は飽きるのさ。客が求めているのはエンターテイメントだ。血と汗、戦士達の命のぶつかり合いだ」  コロッセウムは腕を組み、馬鹿にしたように笑う。 「命がけで戦う勇ましい男達、彼らの血を吸う闘技場の砂。それがローマ流だ。それがお前にあるのか? 俺以上にな……」 「この野郎っ! ギリシア式の高貴な精神が、無骨なお前に分かるか! 伝統ある戦車競争を馬鹿にするな! 乗り手たちだって落車したら、車輪に轢かれるんだぞ!」  マクシムスが切れて、椅子から立ち上がった。今にも相手を殴りそうな勢いで、コロッセウムを睨みつける。 「偉大な大競技場をバカにするな! 主人と馬が協力し合って戦うのが、うちの美学だ!」  店内で突然始まった、体格の良い男二人の喧嘩に、酒場の中がざわつく。  周囲の迷惑を察したパンテオンが、焦って二人の間に割って入った。 「止めろ。コロッセウム、彼を煽るな! マクシムス、君も落ち着くんだ!」  パンテオンは怒りで燃え上がっているマクシムスの腕を掴み引き止めたが、彼はまだわめいていた。 「コロッセウム、命がけで戦っているのが自分だけだと思うな! 戦車事故の怖さを、お前も知るがいい! 今度その顔を俺の前に見せてみろ、車輪で轢いて引きずってやる!」 「出来るものならやってみればいい。俺は戦士だ。挑戦はいつでも受ける」 「その言葉、忘れるな!」  まだ喧嘩を売ろうとするマクシムスを前に、コロッセウムは太い腕を組んでゆうゆうと笑っている。その不遜な態度が、さらにマクシムスをあおるらしい。  店主のおやじがカップを拭きながら、カウンターの向こうから怒鳴ってきた。 「お客さん、喧嘩は外でやって下さいよ! 他の客に迷惑だ!」 「は、はい! すみません! すみませんー!」  半泣きになって、困ったように周囲に謝っているのは、なぜかパンテオンだ。酔ったマクシムスの背中を押すようにして、パンテオンが店の外にあわてて連れ出す。コロッセウムは店に残った。
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