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8・戦いの果てに
コロッセウムはふとため息をついて、足元のマクシムスを見下ろした。
「今日のところはな」
「今日の……ところ?」
マクシムスが意外な顔をした。
コロッセウムは、言葉を続けた。
「挑戦はいつでも受けると言っただろう。怪我が治ったら来い。俺はいつでもお前の相手になってやる。お前以外に、俺に正面から戦いを挑むヤツは居るか? このローマ・アンティクアに」
コロッセウムは、パチリ、と自分の剣をさやにしまった。頬に流れる血と汗を、手の甲でぬぐう。
「酒なんか止めろ。汗を流して戦え。お前は俺の好敵手だ。二度は言わせるな。キルクス・マクシムス」
そう言うコロッセウムの瞳には、相手を友と称える温かみがあった。
夕日を背景に、コロッセウムは背中を向けて去っていた。
敗者に対する寛容──それがローマ精神だ。
その頃、ようやく医療班が広場にかけつけていた。
気絶した観客と、怪我をしたマクシムスが、診療所に担架で運ばれてゆく。
「コロッセウムって……かっこいいわね」
去ってゆく王者を遠くから見つめて、ヴェヌスがつぶやいた。それを聞いたパンテオンは思わず焦った。
「え……ヴェヌスちゃんってああいうタイプが好みなの?」
それを聞いてヴェヌスは思わず肩をすくめて、明るく笑った。
「いやね、パンテオンさん。あなたが一番に決まっているじゃない」
ぽんぽん、と笑って肩を叩かれたけれど、パンテオンは半分照れくさく、半分不安だった。
「さぁ、お仕事しなくちゃ。今夜は大騒ぎだったわね」
ヴェヌスはくすくす笑うと、チュニカと絹のパラ(外套)のすそを可憐にひるがえして、小鳥のように走っていった。
(僕も、少しは筋肉を鍛えようかなぁ……。二人みたいに……。ヴェヌスちゃんが取られちゃったら困るし!)
騒動のあと、大急ぎで戦車の片付けをする奴隷達を眺めながら、パンテオンは少し考えるのだった。
いつのまにか日は沈み、夜空には一番星が輝きだした。
勇者二人の戦いが終わり、平和が戻ってきたローマ・アンティクア。
今日のことは「フォルム(中央広場)の戦い」として、住民の間で長く語り継がれることになる。
(終わり)
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