8・戦いの果てに

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

8・戦いの果てに

 コロッセウムはふとため息をついて、足元のマクシムスを見下ろした。 「今日のところはな」 「今日の……ところ?」  マクシムスが意外な顔をした。  コロッセウムは、言葉を続けた。 「挑戦はいつでも受けると言っただろう。怪我が治ったら来い。俺はいつでもお前の相手になってやる。お前以外に、俺に正面から戦いを挑むヤツは居るか? このローマ・アンティクアに」  コロッセウムは、パチリ、と自分の剣をさやにしまった。頬に流れる血と汗を、手の甲でぬぐう。 「酒なんか止めろ。汗を流して戦え。お前は俺の好敵手だ。二度は言わせるな。キルクス・マクシムス」  そう言うコロッセウムの瞳には、相手を友と称える温かみがあった。  夕日を背景に、コロッセウムは背中を向けて去っていた。  敗者に対する寛容──それがローマ精神だ。  その頃、ようやく医療班が広場にかけつけていた。  気絶した観客と、怪我をしたマクシムスが、診療所に担架で運ばれてゆく。 「コロッセウムって……かっこいいわね」  去ってゆく王者を遠くから見つめて、ヴェヌスがつぶやいた。それを聞いたパンテオンは思わず焦った。 「え……ヴェヌスちゃんってああいうタイプが好みなの?」  それを聞いてヴェヌスは思わず肩をすくめて、明るく笑った。 「いやね、パンテオンさん。あなたが一番に決まっているじゃない」  ぽんぽん、と笑って肩を叩かれたけれど、パンテオンは半分照れくさく、半分不安だった。 「さぁ、お仕事しなくちゃ。今夜は大騒ぎだったわね」  ヴェヌスはくすくす笑うと、チュニカと絹のパラ(外套)のすそを可憐にひるがえして、小鳥のように走っていった。 (僕も、少しは筋肉を鍛えようかなぁ……。二人みたいに……。ヴェヌスちゃんが取られちゃったら困るし!)  騒動のあと、大急ぎで戦車の片付けをする奴隷達を眺めながら、パンテオンは少し考えるのだった。  いつのまにか日は沈み、夜空には一番星が輝きだした。  勇者二人の戦いが終わり、平和が戻ってきたローマ・アンティクア。  今日のことは「フォルム(中央広場)の戦い」として、住民の間で長く語り継がれることになる。 (終わり)
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!