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3・パンテオンの恋
パンテオンは酔いでふらついているマクシムスを、彼の自宅である大競技場まで送っていった。
「ふう……」
パンテオンは中央広場に戻り、階段に座るとため息をついた。
思わず独り言を言ってしまう。
「はぁ……あの二人、仲が悪いよね……。どうしてあんなに喧嘩するんだろう…」
「パンテオンさん。お疲れ様」
少女の声で話しかけられ、パンテオンがうつむいた顔を上げたとき、そばにいたのは、ヴェヌス神殿の少女のヴェヌスだった。彼女は可愛らしい顔で、パンテオンに優しく微笑んでいる。
「あ、ヴェヌスちゃん……こんばんは」
ヴェヌスは十六歳の少女の姿だった。チュニカという簡素なワンピースを着ていて、淡い紅色のヴェールをかぶって、細い腕には金の腕輪をしている。首の装飾具は琥珀とトルコ石だ。
「パンテオンさん、どうしたの? ため息をついて」
「うん、実は……」
パンテオンは、今夜のあらましをヴェヌスに話した。ヴェヌスは階段の隣に座ると、安心させるように少し笑った。
「マクシムスさんは相手を気にしすぎね。彼も人気が高いのに……。それにコロッセウムさんはああ見えて懐が広いの。高慢なわけじゃないわ。あの二人って、本当はお互いのことが気になってしょうがないのよ。そんなに悩むこと無いわ。パンテオンさん」
「ヴェヌスちゃん……。ありがとう」
ヴェヌスはその名の通りヴィーナスのように美しく、優しい少女だ。
パンテオンは、そんなヴェヌスが好きだった。
まだ告白はしていなかったけれど。
静かな夜の都を背景に、ヴェヌスが優しく笑う。
「駄目よ、仲間割れなんて。私たちみんな、古代ローマに建てられた仲間じゃないの……」
パンテオンは自分の隣にいるのが、おっさんのユピテル神殿ではなく、愛のヴェヌス神殿であることを幸運に思った。生涯処女の堅いヴェスタ巫女でないことも。
「建築物の中で誰が一番かなんて、争うのは嫌だわ。私たちは、皆にそれぞれの魅力があるのよ」
ヴェヌスは仲間同士の喧嘩を避けたいようだった。
パンテオンは少し赤くなりながら、ヴェヌスに話しかける。
「ぼ、僕は君も美しいと思う……。君の列柱を見ていると……僕はドキドキするんだ。官能的だよ……とても」
「ありがとう、パンテオンさん。私もあなたの天井に開いている穴が好き。とってもセンスが良くて知的だと思うわ……」
ヴェヌスに褒められてパンテオンは幸せだった。このまま友達でいるよりは、彼女に恋の告白をして、もっと仲良くなりたいと思った。しかし、もし振られたらと思うと、一歩も踏み出せなかった。
ところがある日、事件が起きた。
またもや、競技場と円形闘技場の催し物の開催日がぶつかったのだ。
それもどちらも、見劣りのしない豪華な大イベントだった。
「そんな……同時刻に大がかりなイベントを二つも開催するなんて……」
迫りくる決戦の日を前に、パンテオンは不安だった。
ローマ・アンティクアの住民達はどちらのイベントに参加するか、二手に分かれて盛り上がっている。
華やかなキルクス・マクシムスに行こうか?
勇ましいコロッセウムを見に行くか?
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