5・わたしたちはなぜ戦うの

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5・わたしたちはなぜ戦うの

 マクシムスは怒濤のように走る戦車の上で、矢じりの先に火をつけて、弓を引く。  風を切る音がして、コロッセウムに向かって鋭く火矢が飛んだ。  走る戦車の上から、怒れる男マクシムスが叫ぶ。 「コロッセウム──! 今日こそ、お前のその皇帝気取りの、高慢な鼻っぱしをへし折ってやる! 勝負だ!」 「は! 来ると思っていたぜ。マクシムス!」  コロッセウムは腰に下げていた長剣を抜いた。ずっしりと重そうな、見事な銀光りのする長剣だ。彼は腰を落とし、剣を構える。彼は不敵に笑っていた。    戦闘好きの古代エトルリア人からローマ人へ受け継がれた、野蛮な血が燃えるようだ。 「来な! ギリシア野郎!」  コロッセウムはくっと笑って挑発した。  自分めがけて打たれる火矢を眼で見極め、スパーンと空中で叩き切る。彼の周りに、火の粉が舞い散った。  観客は急いで広場から蜘蛛の子を散らすように逃げていった。戦う二人を残し、中央広場には空間が出来た。  ヴェヌスが悲鳴のように叫んだ。 「止めて! 二人とも、戦うのはもう止めて──!」  パンテオンはそんなヴェヌスをかばって、広場のすみに逃げた。 「駄目だ、ヴェヌスちゃん。こうなったら誰も止められない。二人が満足するまで、男同士で戦わせるしかないよ。そうじゃないともう収まらない!」 「いやよ……。そこまでして、どうして戦うの……私には分からない……」  ヴェヌスは手で顔を覆い、パンテオンの腕の中で、可憐な小鳥のように震えていた。そんな彼女を抱きしめるように、混乱した人混みから守りながら、パンテオンはどうしようもなく胸が高なっていた。 (どうしょう、彼女が好きだ。ヴェヌスちゃんのことが、めちゃくちゃ好きだ! 告白したい! でも今はそんな場合なのだろうか……)  パンテオンは腕の中のヴェヌスと、広場の決闘の行方が、同時に気になっていた。  コロッセウムは戦車に歩兵では分が悪いと察したのか、馬を足がかりにして飛び上がった。そしてさっと戦車の上に飛び乗る。 「何ぃ!」  マクシムスが、驚いたように眼をむいた。  筋肉で重いはずの剣闘士が、こんなにも敏捷だったとは思わなかったようだ。  マクシムスも、すぐに自分の腰に下げていた剣を抜いた。揺れる戦車の上で、長剣同士で打ち合う。激しい剣技で火花が散り、二人は真剣に剣で乱れ打った。  一方、パンテオンはついに、腕の中のヴェヌスに告白していた。 「ヴェヌスちゃん、好きだ。僕は君のことが好きなんだ! 僕と付き合って欲しい!」 「え……! パ、パンテオンさん……!」  真剣な顔のパンテオンの告白に、ヴェヌスは震え、頬を赤く染めた。
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