埃男

2/14
前へ
/14ページ
次へ
 散々な人生だ。  俺はバーのカウンターに身をぐったりと預けながら、強い酒を煽っていた。テキーラだったか、ウィスキーだったかもうわからない。  とにかく強い酒が欲しかった。ぶらぶらとゆれるように景色がぼやける。オレンジ色がかった酒と、カウンターの木の色と、グラスが割れた音がした。  店主が俺を追い出すように金を払わせる。財布の中身はこれでほとんどなくなった。家にもない。俺はぶらぶらと町を歩く。追い出された先にも居場所なんてない。もう金がない。金がないなら居場所をもらえない。  伸びきった白シャツとみすぼらしい灰色のズボン、くたびれたスニーカー。そんな格好の俺に声をかけるようなキャッチもいない。  前から来た恰幅のいい酔っ払いが俺を突き飛ばす。不摂生なせいでひょろりと細い俺の身体は暗い路地に向かって転がった。文句を言う気にもならない。  でも、転んだ俺に注がれる視線は感じたくなかった。嫌なことを思い出す。ああ、いやだいやだ。俺は転がるように路地に入っていった。  ネオンが遠ざかると一気にうらぶれた、薄暗い路地裏の世界だ。雨でふやけ、踏まれたティッシュがコンクリートに貼り付いている。  梅雨が明けたばかりで、路地裏はまだ湿気ったにおいがこもっている。酒屋通りの裏をふらふら歩く。赤や黄色のビールケースを蹴飛ばした。意外と飛ばないばかりか、酔った足が引っかかってすっころぶ。頭を打ったが大して痛くもない。それでもこれ以上進むという気が失せた。  湿気た地面に転がって、建物の隙間から夜空を見上げる。近くの町が明るいせいで、ろくに星は見えなかった。おまけに電線も邪魔している。本当に散々だ。何も俺の心を満たしちゃくれない。満たされてたこともあった、かもしれない。でもそれは全部手からこぼれていったのだ。深い青色の空がゆっくり揺れる。ゆっくり回る。寝転がっているのにぐわんぐわんと揺れる。  情けなさ過ぎて笑いがこぼれた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加