埃男

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 夕方になっても夜になっても俺の状況は変わらない。変わったことといえば酒屋通りがにぎわい始めたということくらいだ。酒屋通りの灯りと喧騒は路地裏の昏さと静かさを際立たせている。俺は昨日のこのくらいの時間に、友人の家を訪ねた。  すでに他の人が住んでいるアパートと、溜まりに溜まった友人への発信履歴が結びついたことで、友人の裏切りを知った。恨む気持ちはない。助けると言ったのは自分で、それで金を貸したのだから。納得している。そう自分に言い聞かせているのだとしても、それは間違いない。それでもやるせなさが俺を支配している。  雑多過ぎて聞き取れない人々の声がする。声の中にもしかしたら、昨日俺の身体を見た人がいるかもしれない。  なあ、俺も昨日までそっちにいたんだ。誰か俺に気付いちゃくれないか。一文無しで、今日の金はなかったかもしれないけど、俺は確かにそっちにいたんだよ。  伝えたくても誰も路地裏に来やしなかった。伝えたところでどうなるというわけでもない気がするし、そもそも伝える方法がない。俺の周りにまとわりつく埃がゆらゆら動いている。そういえばずっと揺れている。そんなにずっとここは風が通っているんだろうか。不思議に思った。  俺には風がわからない。あちこち見まわして、何かの印だったのか建物のパイプに結びつけられたままになっているくたびれたすずらんテープを見つけた。ほこりほどじゃないにしろ、あれはちょっとの風でも揺れるはずだ。じっとそれに注視する。雨風に晒されてぼろぼろに裂けた、薄汚れた白色を注視する。 ――動いていない。  風はない。ここに風は吹いていない。俺にまとわりついている埃は、風によって動いているわけではない。じゃあ、なんで? 暗い中、俺はもう一度俺にまとわりついている埃を見た。  やはりゆらゆらと揺れている。暗くてよく見えないにしろ、動いているのはよくわかった。これは埃じゃないのか? いや、確かに埃だった。だとすれば、もしかして。埃をじっと見ながら、動け、動けと念じてみた。腕を振る感覚を思い出しながらそう思ってみたのだ。
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