遺書

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 北の街ではまだ雪が降る。昔はこの時期の水分の多い雪でも、傘など使わなかったが、いつの間にか髪が濡れるのを嫌い、私も傘を使うようになった。  住宅街の歩道に積もる今日の雪はやはり重く、靴の選択を間違ったと後悔する。これから自分が向かう所に行くならば、一番良い選択は長靴だったかも知れない。大人になるというコトは、我慢の積み重ねなのだろう。防寒靴の靴底から水が滲みませんようにと願いながら、雪の合間に点在する水を出来るだけ避けて前に進むしかない。  住宅街を抜けて坂を上る。めったに車の来ない道ではあるが、車道から寄せられた雪がまだ歩道を隠しているので車道を歩いており、車が来たら多分この湿った雪を浴びせかけられるという不安が靴底の不安と重なる。今日する話を頭の中で整理したいのだが、不安が邪魔をしてなかなか難しい。  今日会う友人の家は遠く、小一時間は歩かないとならない。雪と寒さに今日会うのをやめようとしたが、彼女は今日がいいと言う。朝から晩まで家業の手伝いをする友人なので、寒くても今日向かうしか選択肢は無いようだ。  友人との待ち合わせ場所の交差点に着いた。歩くという行為を止めると、真冬から比べれば随分とちっぽけな寒さでも、体に凍みる。いっそもう少し歩こうかと思いつつも、友人を待ったほうが良い選択なのは間違いないので、ここで寒さと闘うしかない。  闘うと言っても私には武器が無い。歩くという行為を止めると、服という防具があるだけで、せいぜい足踏みをする程度しか、寒さと戦う武器は無いのだ。ちっぽけな寒さでもお気に入りの赤いコートで長く耐えるのは辛い。いったい何分ほどで、私はこのちっぽけな寒さとの闘いに負けるのだろうか。  そして、約束の時間を過ぎた。私はちっぽけな寒さへの敗北を覚悟する……。
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