遺書

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 程なく友人は現れた。いつものように、青いツナギと手袋、そしてナンバーのない白い小さなトラックで。軽トラック、略して軽トラという乗り物で彼女が迎えに来るようになって、もう4年。私もその音と香りと乗り心地には慣れてきたが、今日のこの友人の行為には慣れない。慣れないという問題ではない。怒りしかない。  「また……ずぶ濡れにしやがって。」  「だって、ウチの私有地はここまでだもの、転回するしかないでしょう。免許の無い、もうすぐ中学2年生では。」  サイドターンとかいう技で、軽トラをくるりと回して私に雪水をぶっかけた友人、東山千代子が軽く言う。私がこの車に乗せられ、千代子の家が経営する農場の中を、ひたすらグルグル回される日々も、もう4年目だ。       「せっかくここまで無事で来たのに、髪もコートも靴もぐしょじしょじゃない、遅れておいて。」  「はーい、すみません。ちょっといい降り具合だから、農場で回っていたら、つい時間を過ぎちゃってて。」  「ついって何よ、ついって。あなたの時間を調整したいわ。」  今日は強くは当たれない。言えば、直ぐにあの話をされるのは目に見えている。  「大丈夫、旧仮名が読めないとかはクラスメートでは私の胸の中だけで止めて置くから。」  ……先に言われたが、優しい話で良かった。母が他のクラスメートとその家族に話していないのを祈るばかりだ。雪水の件は不問にするしかない。  「で、それがお祖母ちゃんの時計?」  そう言って、千代子は私がコートのポケットから出した箱を覗き込む。
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