遺書

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 「そう、『とけゐ』。」  「確かに、とけるにも見えるね。もっとはっきり『ゐ』だと思ってた。」  私は箱に金色の刺繍を施した職人さんの手際を呪う。この間、母にこれを渡された私は、この文字を「とける」と読んで散々笑われたのだ。  「でも、私、お祖母ちゃんがこれ着けているのを見た時ないのよ。」  そうなのだ。お祖母ちゃんがこの時計を着けているのは一度も見ていない。少なくとも私がファッションに興味を持ってからは。旧仮名は知らなくても記憶力には少し自信がある。   「あなたの為に買っておいてあったんでしょ、多分。着けてみれば?」  千代子に言われて、時計を着けた。穴が1つしかない皮バンドなのに、まるで測ったように私の左手に吸い付いた。  「あら、ぴったり。時間もぴったり。合わせたの?」  「お祖母ちゃんが合わせていたのかな、偶然近くの日に。」  「機械式かな?竜頭は回るの?案外、安物だったりしてね。」  「コチコチ言うから機械式かと思ったんだけど、引き出せないし、回らないのよ。押せるけど」  そう言って私は腕の時計の竜頭をカチカチ押してみた。
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