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「お大事に」
「ありがとね。また来るよ」
そうやって送り出す背中はどこか弱々しい。患者を見送る医者は、ぎこちなく微笑んだ。
消えた背中の名残を感じつつ、医者は手元に広げられたカルテに目を向ける。自らが刻んだ汚い字に数行を付け加えると、無造作に診察済みの箱へと投げ入れた。
診察を待っている患者はもういない。残った仕事は、片付けと明日の診療の準備だけ。いつの間にか、外は薄暗くなっていた。
「はぁ、やっと終わった」
大きなため息をつきながら、身体を伸ばす。バキボキと関節を鳴らしながら腕を回すと、多少なりとも肩がほぐれて軽くなった。
誰かの苦しみを背負っているからだろうか。医者の職業病は、肩こり、腰痛だ。
そんな医者の後ろから唐突に声がかかる。
「今日もお疲れ様です、ユーマ様」
そう言いながら、冷たいお茶を差し出すのは銀髪の妙齢の女だった。
スタッフの一人として女性がいるのは当たり前だが、女の容貌はことさら目を引いた。端的に言うと美しい。その中でも、一番目を引くのは銀髪だろう。腰近くまで垂れる銀髪は蛍光灯の光を浴びる度にきらめき、彼女が動くたびに揺れる髪はしなやかに翻る。髪に溶け込むような白い肌、大きな青い瞳、細くしなやかな体、どれをとっても神秘的という言葉が似合いすぎるくらいである。
そんな彼女がユーマへと微笑みかけていた。その微笑みは吸い込まれそうなほど美しく、男であるのなら例外なく心を奪われるに違いない。
だが、ユーマは女の微笑みを軽く受け流し、差し出されたお茶を当然のように受け取った。
「ああ。ありがとな、リファエル。今日も忙しかったろ? お疲れさん」
労いの言葉に、リファエルは満面の笑みだ。
「そんなの当然です。私はユーマ様のためにここにいるんですから。もし迷惑だったら、こんな恰好、していないでしょう?」
そういってくるりとその場で回るリファエルの恰好は、白いワンピースだ。それもただのワンピ―スではない。世間ではナース服と呼ばれるそれを、まるでドレスのように見せつける様は正に白衣の天使だ。
そして、ここはナース服を着ていても違和感のない場所。診療所なのだ。
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