カルテNo.1 約四百歳、女性、エルフ。全身擦過傷、栄養失調。

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 そして、すぐさま自身の前に両手を出した。ミロルの心臓を目がけて構えると、おもむろに言葉を紡ぐ。  その言葉は空気を、大地を震わせた。  見えない圧力。常人でも感じるそれが、手術室にどんどんと高まっていった。 『この世を統べる神よ、万に宿いし神よ、人々の心に住まいし神よ。全ての神に祈りを捧げよう』  リファエルは悠馬の詠唱を聞きながら思案顔だ。普段使う治癒魔法とも、睡眠魔法とも詠唱は違う。 『その祈りと引き換えに、我に魔力を分け与えたもう……全ての源であるその魔力は全ての敵を屠るだろう――』  詠唱がすすんでくるとともに、リファエルは顔をこわばらせ、そして大声をあげた。 「――っ!? ユーマ様!? それは、攻撃魔法の詠唱ではないですか!?」  リファエルの叫びに悠馬は眉ひとつ動かさない。そのまま集中力を高め、手のひらに魔力を集めていく。 『矮小な存在を前に、その卓越された魔力を糧に、光り輝くこの力を、等しく捧げよう……』 「ユーマ様! だめです!」  慌ててリファエルは悠馬を止めに入ろうとするが、悠馬はリファエルにすっと視線を向ける。見つめ合う二人。  リファエルは、悠馬のまっすぐで強い視線に射抜かれていた。そして、その視線から感じる何かに次の言葉は紡げない。 「大丈夫さ」 「でも――」 「今、リファエルが集中しなきゃならないことは、ミロルの心臓を動かし続けることだ」  その言葉にリファエルははっとした。 「頼むぞ……」  その声にリファエルはこくりと頷いた。悠馬はというと、再び手元に視線を戻し、そして集中力を高めていった。  悠馬の手のひらに集められた魔力は真っ白に輝き部屋の中を光で埋め尽くしていく。その光は、確かにミロルへと襲いかかり、そしてそのまま三人はその白い輝きの中に埋もれた。  目の前は、見えない。  何も見えない。
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