託された刀

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託された刀

 伊藤平八郎(いとうへいはちろう)の元には綺麗な細工の施された鞘に収まる一振りの刀がある。  それは父である輝重(てるしげ)が亡くなる直前に平八郎に託したものだった。  銘は「八重桜」。  それは妖刀の中でも美しいと評判な「菊桜」「染井吉野」そして「八重桜」の三姉妹のうちの一振りである。  伊藤家に代々受け継がれてきたものだが、それを何故自分に託したのかが理解できない。  剣の腕などからきしである平八郎にとって、宝の持ち腐れであり、受け継ぐ理由がない。  輝重の後を継ぎ伊藤家の当主となった兄の輝定(てるさだ)に刀を託すのならば納得がいく。  伊藤家で剣も心も一番強いのは輝定であるから。故に一度だけ、刀を譲ろうとしたのだが、 「それの持ち主は『八』の名を継ぐお主だけ。それ以外の者が持つ資格はない」  と言われて受け取ってはもらえなかった。 「八を継ぐとはなんなのです? 何故、俺なのですか兄上」 「すまぬ。父上からは何も聞いておらぬのだ」  ただ、理由はともあれ、必ずこれを常に持ち歩きなさいと兄に言われ、言いつけを守るために腰に差してはいる。だが、これを抜く日はこないだろう。
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