濡れ羽色のカラス

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 蝉が喧しく鳴く蒸し暑い夏の午後。教師が黒板に白いチョークで板書する音が、茹だるような暑さの教室に響く。教室に設置された扇風機の風が生温かい教室の空気をかき回し、全開にした窓から風が吹き込んだ。汗ばむ陽気に俺はシャーペンを持っていた手を止め、ボンヤリしながら頬杖をついて前を見る。俺の目の前で、烏丸のポニーテールがふわりふわりと風になびいていた。 (触りてえな)  そんな不埒なことを頭に思い浮かべながら、俺は風に揺れる黒い尻尾を見ていた。烏丸は真面目に黒板を板書しているようで、時折黒板を見るために顔を上げ下げするたびに、黒い尻尾も同じように動いていた。俺は思わず手でそれを掴みそうになるのを必死に抑える。クラスメイトの髪をいきなり掴むなんて、非常識にもほどがある。しかも相手は男だ。  烏丸修二は女でも珍しいくらいの長髪だった。バンドマンとかならロングにしているやつもいるかもしれないが、烏丸は本好きのいたって地味な生徒だった。何故烏丸が髪を伸ばしているのか、俺はその理由を知らない。烏丸は大人しい生徒で、いつも一人教室で本を読んでいた。噂好きなクラスメイトが一度、髪を伸ばしている理由を聞いていたが、それをしどろもどろになりながらなんとかはぐらかしていた。どうやら言いたくないらしい。けれども俺にとって、理由なんてどうでもよかった。俺はただ烏丸の黒髪に魅せられていた。  その黒髪は、俺の髪のように赤焼けもしておらず、一本一本が絹糸のように細く、その黒は青や藍色、紫、緑などプリズムのように煌めいていた。長々と後ろに伸ばした髪は腰まで届き、丁寧に手入れされているのかその後ろ髪は傷一つなく、艶やかだった。  始業式の日、俺の前の席に座った烏丸の黒髪が―――――――あまりにも美しかったあのときから、俺はその黒髪に心奪われていた。    俺はそれ以来、烏丸をずっと見ていた。この前の席替えで烏丸の後ろの席になったときはガッツポーズをした。授業中、黒板を板書するふりをして烏丸を盗み見し放題だからだ。今もまた、俺は烏丸のめまいがしそうなほどの漆黒の髪に見惚れていた。
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