347人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「ほんとに、怒ってるわけじゃないです」
テーブルにほかほかのおでんを盛り付けたお皿を並べながら、佐藤くんが苦笑した。
その瞳がいつもどおり優しくて、なんとなくホッとする。
今夜の佐藤くんは、包丁の使い方がものすごく怖かった。
大根を切っている、というよりは、切断している、という言葉がピッタリだった。
残業を終えて帰ってきたら大好きな人が夕飯を作ってくれている……なんて最高の光景だったのに、思わず声をかけるのをためらってしまうほどだった。
「理人さん、先にスーツ着替えますか?」
「いや、食べる。どうせ明日クリーニング出すつもりだし」
せっかく佐藤くんが作ってくれたおでんを、冷ましてしまいたくない。
ネクタイだけ手早く外して、ソファに立てかけてあった紙袋の上に投げ捨てた。
*****
佐藤くんのおでんは、あたたかくて、ほくほくで、優しい味付けで、本当に美味しかった。
最近は残業になることが多くて、一緒に料理ができない。
俺はしがない冷やかし要員ではあるけど、それでも佐藤くんと一緒にキッチンに立つ時間が好きだった。
明日は金曜日だし、多少仕事が残っていても早めに上がろう。
確か鍋のスープがまだ残っていたから、また土鍋を一緒につつくのもいいな。
鍋なら材料を切るだけだし、俺もそこそこ役に立てる。
そんなことを考えながら食器を下げて戻ってくると、佐藤くんが四角いなにかを差し出していた。
「理人さん、これ」
「えっ?」
「バレンタインのプレゼントです」
「俺、に?」
「はい」
「え、ほんとに?」
「はい」
「開けても、いいか?」
「もちろん」
やばい……嬉しい。
今日がバレンタインデーだということは、もちろん知っていた。
でも、佐藤くんがなにも言わないから、なにもしないんだと思っていた。
男同士だし、興味ないのかも、と。
高鳴る鼓動を感じながら、バレンタインらしい真っ赤な包み紙をベリベリと剥ぎ取った。
佐藤くんは、お酒入りのチョコレートは避けてくれていると思う。
だって、いつも俺のことを見てくれている。
佐藤くんからのチョコを開けたら、俺も鞄の中から取ってこよう。
タイミングがなくてまだ渡せてない、俺からのチョ――あれ?
最初のコメントを投稿しよう!