俺たちのバレンタイン

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***** 「……殺してくれ」 「理人さん?」 「もうこの世に思い残すことはない。お前のその手で殺してくれ……」 佐藤くんが小さく笑って、俺の頭を撫でた。 穏やかな瞳が包み込むように俺を見下ろしてくる。 髪の間を行ったり来たりする大きな手がきもちい……いや。 いやいやいや! 俺は騙されないぞ! 「これ、どうするんだよ……!」 俺は、皺くちゃのまま捨て置かれていたズボンを親指と人差し指でつまみ上げた。 「クリーニング出すんでしょ?」 「こんなの出すに出せないだろ!」 俺の記憶が正しければ、今日俺が履いていたズボンは無地のグレーだったはずだ。 それが今はこんなにも、グチャグチャのベッタベタの染みだらけになってしまった。 こんなんじゃ、マンションの宅配クリーニングサービスにはとてもじゃないけど出せないし、普通のクリーニング屋さんに持って行くにしても、電車に1時間くらい揺られて偶然降りた駅の前にあった……くらいの接点の無さがないと、とても持っていけない。 もういっそ、捨てるか……生地も少し傷んできてたし。 むしろクリーニングに出せて新品同様になって返ってきたとしても、もう履く気が起きない。 このズボンを見るたびに今夜のことを思い出したりなんかしていたらきっと……うん、決めた。 捨てよう。 そうしよう。 今までありがとう、グレーのズボン。 さようなら。 「理人さん?」 心の中でズボンに別れを告げて放り投げると、佐藤くんが心配そうに俺を覗き込んでくる。 そんな顔するなら、手首を縛り付けたり、無理やりオモチャ突っ込んだり、変なこと言わせたりするなよ、と思う。 気持ちよかったけど。 ものすごく気持ちよかったけど! 「佐藤くんは……」 「はい?」 「チョコ、もらわなかったの、か」 「えっ?」 佐藤くんはいつも俺のことをイケメンだとか言うけど、俺は佐藤くんの方がモテると思う。 背が高いのは同じだとしても、ジョギングで鍛えてるから佐藤くんは俺よりガタイがいいし、なにより、その……瞳が。 いつも俺をまっすぐに見つめてくる瞳が、たまらなく好きだ。 改めてみると、佐藤くんはやっぱりかっこい……って、なんだその顔は。 「理人さん、妬いてる?」 「は!?ちがっ……ただの確認、だ」 「プッ」 「……笑うな」 「大丈夫。もらってません」 え……?
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