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「四十年も前ですよ。防腐剤(ぼうふざい)の質も決して良くはない。祖父も手探りだったと聞いています。ですがこの子は、当時僕が見たままの姿でここにいる」  感慨深(かんがいぶか)(うなず)く佐田に、「僕は思うんです」と続けた。 「剥製(はくせい)残酷(ざんこく)だと、悲観(ひかん)や哀れみの目を向ける人も少なくはありません。ですが、僕は確かに愛情を感じたんです。祖父の手でなければ、この完成度はあり得なかった。在りし日の姿に戻したいという想いが、この剥製(はくせい)を活かしているんです」  静かに目を(つむ)ると、(まぶた)に懐かしき祖父の手が浮かんでは淡く消えていった。 「やはり山内さんもお爺様の血を受け継いでおられるんですな。特にあの(ひぐま)骨格標本(こっかくひょうほん)の美しさ、力強さ。貴方に任せて間違いはなかったと、自負しております」  賢治は照れ隠しの咳払いを一つしてから、(たぬき)の頭を撫でるように硝子(がらす)ケースに手を差し伸べた。 「祖父とは少し道がずれましたがね。しかし、あの冬の出来事がなければ今の僕はいないでしょう」  瞳に映る自分の手に、温かな祖父の手が重ねられた。  澄んだ春の朝空に、雲雀(ひばり)が一羽飛び立った。そのさえずりは軽やかな音色を(かな)で、春の訪れを祝福している。   ー完ー
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