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使い慣れていたし、愛着があったから、最後にティーカップだけは持ち帰ろうと思っていたけれど。わたしは雨傘を手に、猫へ背を向けた。
ああ、そういえば読み止しの本もあったっけ。でも、いいか。また新しく買えば良いんだから。
わたしは胸のつかえがとれて、晴々とした気分で階段を下り、思い直して彼を振り返った。相変わらず、仏頂面に寝たふりしているのが、なんだか可笑しい。
「バイバイ」
雨は、まばらに降り続けている。雨傘を開いて、人通りの少ない街路を歩いた。
じっとしていた所為か身体が冷えたから、自動販売機でコーヒーを買った。わたしはブラックは飲めないから、砂糖入りのカフェオレだ。一口飲むと、身体の芯に熱が通る。ほうと一息吐いて、目に付いた手の傷を眺めてみる。血は止まって、傷口はあらかた塞がっていた。ぷっくりとした血のあぶくが、傷口の端に琥珀みたいに凝固している。
ぺろりと舌で舐めてみる。幽かに痛みがあって、ちょっと甘い。
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