彼ら 時の深淵より

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 1  北関東平野。  平坦な土地から天空へ突き抜けたような那由多山(なゆたヤマ)は、唯一、町の象徴であった。山の中腹まで木々が生い茂り、清冽な湧き水はいくつもの分水嶺となって、やがては広大な海に注いでいる。  五つの町が五角形状に山を囲み、町と町の間を結ぶ道路が頂上からはよく見渡せる。  阿僧祇晴陽(あそうぎはるひ)は那由多山一帯の管理人である。物見客の傍若無人を注意したり、時には滑空艇を飛ばしてパトロールするのが日課だった。  那由多に観光名所はないし、まともな交通アクセスもない。  それでも彼らはやって来るのである。  物見目的の人々は自前の交通手段を用意しなければならず、しかも地図上に那由多の名前こそあれど、周辺の道路が記載されていないから、来訪には相当の知識と根気が必要なのだ。したがって、那由多の町は恐ろしく排他的な聖域として流布しており、好奇心をそそる所以でもあった。  観光気分でやってきた彼らに待ち受けているのは、那由多山からの景色と山の北側にある絶壁登りくらいなもので、たいがい落胆して帰っていく。土産物屋もないしリゾートホテルがあるわけでもない。  唯一の古刹、舫(もやい)寺に伝承される恒河紗(ごうがしゃ)見聞録も、あまりにも荒唐無稽な内容故に嗤笑を買うだけであった。  反面、那由多の人々の大半はこの退屈な町で暮らしている。むろん、外の世界へ向かう者も少なくなかった。  青蓮華楓子(しょうれんげふうこ)もその一人だった。  今しがた、彼女は阿僧祇から一通の書留電速を受け取ったばかりである。書留電速は通常の通信プログラムよりもセキュリティ濃度に圧倒的な差がある。にもかかわらず、内容は腹立たしいほど簡潔だった。  危急、恒河紗の兆しあり  実は、阿僧祇は楓子の婚約者なのだ。甘い文面を期待していたのにアテがはずれて、唇を尖らせた。  ん、もう。何これ・・・  楓子は微笑み、それから眉をひそめた。阿僧祇が何かを発見したのだ。彼女は星間先史文明物理学の研究をしているから、すぐにピンときた。これは、確かに重要な案件だ。  アタシは今イースター島にいるのよ。片付けを大急ぎで済ませるから、いい子にして待っていて。  楓子は、末尾にハートマークをペイントして返信した。  
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