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3
親友が落ちた。
一刻も早く安否確認をしたかったが、阿僧祇は握力と背筋力を駆使して岩壁をつかみ、足を踏ん張りながら慎重に山を下りた。焦れば、自分も二の足を踏む。
通常、ハーケンを岩に亀裂に打ち込むと、鉄のクサビはがっちりと食い込んで外れなくなるのだが、今回は違った。ハーケンがぐにゃりと曲がり、次から次へと抜け落ちているのだ。
阿僧祇は下山しながら<それ>を確認していた。
岩塊に拳骨くらいの大きさの穴があいて空洞ができ、そこから得体の知れない白濁した粘液が流れだしている。その液体は初めはゆっくりと流れ、それから一気に噴水のように飛び散った。飛沫はまわりの岩石とハーケンを溶かし、熱を発し、火花を散らしている。
空洞の奥がどんな状況なのかは、危険すぎて観察はできそうになかった。
だが、恒河紗見聞録によれば、穴の奥は眩い光が溢れたのちに漆黒の闇に包まれ、やがては森羅万象が時に溶けると云う。時に溶けるとは、一説によれば、文字通りに時間が停止し、暗黒の虚無になることらしい。
阿僧祇は胸ポケット差し込んだ電装端末から、婚約者の青蓮華楓子へ送信した。
危急 恒河紗の兆しあり
彼女はこの手のエキスパートなのだ。未知の先史文明の遺跡と現代天文物理学との整合性を研究している。恒河紗見聞録が保管されている舫寺と南太平洋のイースター島モヤイ像がリンクしていることを彼女は突き止めていた。現在、彼女はイースター島に滞在している。
・・・いい子にして待っていて
楓子からの脳天気な返信が届いたとき、地上ではすでに人だかりがしていた。
転落した銀毘沙鳳太のまわりに救急隊や監察保安局の面々が集結しているのだ。
阿僧祇が親友のもとへ駆け寄ろうとすると、制服姿の監察官が立ち塞がった。
「阿僧祇晴陽。お前を殺人罪で収監する」
阿僧祇は監察官たちに囲まれて手錠をかけられた。
「ちょっと待って下さい。あれは事故ですよ」
「岩が溶けてハーケンとザイルが外れたとでも言いたいのだろ? そんな舫寺の言い伝えを、我々が信じると思うか」
「僕は何もしてない」
阿僧祇が訴えると、監察官のひとりが険しい顔になった。
「罪状認否は自由だし黙秘もよかろう。それが被疑者の権利だからな。
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