ユキと葛葉

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 雪女のユキはこの日もいつものように自分の役目を遂行していた。  冬の間山は眠りに入る。  眠りの中であらゆる生命への糧を養うために、静かに瞑想している。表向きはただ黙しているように見えるが、しかし地中では数えきれないほどの生物が、それぞれ自分たちの仕事を行い、山に糧を息吹きをあたえているのだ。  ところが、昨今ではその神聖な領域にみだりに侵入する者が絶えない。  さかのぼれば事の発端は鉄砲が伝来してからであった。  それまでは山の民は、罠で最低限度の生き物を狩っていただけであった。生きていくだけのもの、口に入るだけものを採ればそれ以上狩ることはしない、山への敬虔な気持ちを抱いていたのだ。  しかし、飛び道具が人の生活に行き渡ると、狩りと称して、おのが要求をみたすためだけに動物を奪っていくものが多くなっていった。  生命への畏怖も微塵もないその輩は、やがて趣味と理由づけては山に侵入し、そして競うように草花を持ち去り、木を倒し、獣道を乱し、動物を狩っていく。  草花の根は踏みにじられ、木々は伐採され、林道敷設という冒とくを犯し、どこもかしこも調和を乱された山は瀕死状態となっていた。  山の尊厳も、生物の食物連鎖の理も、すべて人々が滅失した。  その人間を止める術は、いかなるものも持ちえなかった。  ただ、とユキは考える。  冬山だけは、わたしの目の黒いうちは、暴挙を受けいれるわけにはいかぬ、と。  そう、この山が春になり目を覚ますまでは、わたしが番人である。  その領域をおかすものは、何人たりとも許すわけにはいかない。  冷たい息をふっと吹きかけるだけで、やつらはこの世から去るだろう。
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