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ユキはいつものように、見回りのあと一休みしていると、珍しく訪れる者がいることを感じた。
「これは、珍しきこと」
氷の御殿にはいってきたのは、一頭の狐であった。
いや、狐というのはその黄金色のもふもふの毛色と、顔つきから受ける印象であって、体は人間並みの大きさ、尻には9本に分かれた尾っぽをつけている。
狐は柔和に笑みを浮かべお辞儀した。
「ユキさま、お久しゅうございます」
「葛葉どのか。よう参られた。ささ、どうぞこちらへ」
と、氷でつくられた椅子に案内する。
「はい。それでは遠慮なく」
こちらは、妖術を使いどこからか座布団をとりだして、それを敷いてから座る。
「寒いであろう。悪いな。本日はとくに冷やしているゆえ。お山が最後の仕上げの時期に入ったからな」
狐は妖艶にほほ笑んだ。「寒さはもとより承知でまいりました。こちらに慶事の気配あれば、居ても立ってもいられず」
「ああ、あれのことか」
娘の小雪が人間の賢人と結婚したのだ。
「この度はまことにおめでとうございます」
「いやそれについては、めでたいのだが、なあ、葛葉どの、手間をとらせるが話を聞いてくれるか。なにしろ、ここに一人でいると、話し相手もおらぬし、こういう相談は誰にでもできるというわけでもないし……」
「はい、ユキさまもわたくしも、こと連れ合いに関しては同じような境遇でございますから」
罠にはまって身動きとれない狐を助けた猟師のもとに、あとから女がやってきて世話をしてくれ、のちに女房になる話は、どの地方にもあり、狐女房なり、と口伝されている。 葛葉の祖先もその例外でなく、代々その慣習に従いながら、血を受け継いできて、自身も人間の殿様に見染められ、側室となった経歴があった。
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