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「泣いて泣いて、溶けると思うくらい、あの小雪が……それを見ているこちらも……」
「……」
ユキは物憂げな顔をしていた。半分凍っている自分の黒髪をもてあそんでいる。が、思い切って口を開く。
「葛葉、母というのはこのように子どものことが心配なものかの?」
「そうでございます。うちは、男子がひとりでしたが、あれのことはずっと心配でした。もっとも息子は人の血が濃かったせいか、半妖のわりに、人間っぽくって。そういうところもわたしはやきもきいたしました」
「やはりそうか。うちの小雪も、ほぼ 人間 といってもいいくらいだからなあ。半分というより、7割は人に近い。そうすると、もう、雪女の仕事を継がせるのは無理なのかと、この頃はそればかり悩んでおる」
「そうですね、母の気持ちと、自分たちの種族の役目という責任との間で板挟みですね」
「それだ。葛葉どのもそうか」
「はい。出来の悪い子ほどかわいいといいますが、息子のことを考えると今も胸がざわざわします。……その息子もとうに鬼籍に入りましたが」
御殿の中のつららがそっと悲しい音を奏でた。死者への鎮魂であった。
人の命は、妖怪に比べるとはるかに短いのである。
ややあってユキが口を開いた。
「葛葉どの、しかし、そこもとの息子は女子をひとりもうけたはずではなかったか?」
「はい、よくご存じで。孫娘は今どこにいるのか。あれも、人であり半妖であり、また異なる存在でありますから。あてにはしてません。聖狐一族は、もうすでに滅亡しております。この婆狐が、ほそぼそと残った狐を束ねるために、秩父の土地を少しお借りしているだけでございます。秩父のお山は心広きお方でございますから」
葛葉は山の方向を向いて、瞑目する。
「ともあれ、孫がいるのはうらやましいことだ」
「ユキさまのところもじきにお生まれになりますよ」
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