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同日零時。駈は自室のベッドで仰向けになりながら、先程入手したチラシを眼前に掲げる。
『四月十五日午後四時から入部希望者向けの体験会をやります。興味のある方はぜひ部室へ来てください』
このチラシは体験会の日にちと場所を記載している一方、連絡先及び春瀬ゆめという募集者の名は記載していない。そのため、実際に何人の応募者が集まるかは当日になってみなければわからない。校舎全域に三〇〇のチラシを貼るという前代未聞のチャレンジの収穫に期待を抱くことができるのは間違いないが、結果がどうなるかは蓋を開けてみないとわからないのだ。
九人という規定人数を下回ったらプレーできない以上、七人未満になるのがいちばん困る。
だが逆に、多すぎればそれはそれで困る。学力や特技といった武器を持たない駈は、その大きな数の中に埋もれてしまい、九座に立つ権利を勝ちとることが難しくなるからだ。
誰も来なかったらどうしよう。来てくれる人がいたとしても少なかったらどうしよう。逆に極端に多かったらどうしよう。他の参加者に自分が埋もれてしまったらどうしよう。
未経験者にして特筆する武器を持たない凡人である駈には、不安が尽きない。
どんな結果が待ち受けていようと俺は俺だ。そんな風にかまえていられればいいのだが、現実にはなかなか難しい。一五日までの一週間はまさに、駈にとって試練の日々となった。
そして。その試練は、体験会当日の放課後に一つのピークをむかえることになる。
「ちょっ、青迫くん、大丈夫?」
駈はキリキリとした痛みが生じている腹を片手で押さえながら、もう片方の手で、不安そうに顔を覗き込んでくるゆめを制する。
「すまん春瀬、ちょっと保健室いってくるわ」
「保健室?」
ひくりと眉を寄せたゆめが、教室の時計に視線を投げる。
「体験会まで、もうあと三〇分しかないのに……」
「大丈夫、時間までには戻る」
「いや、いいよ別に。最悪、私だけでも……」
「いやいや、大丈夫だから。心配しないで、先行っててくれ」
ゆめを遮り、駈はふらふらとした足どりで校舎一階の保健室へ向かう。
過度のストレスからくる腹痛。それが保健室の先生から告げられた腹痛の原因だった。
保健の先生は駈に胃腸薬を処方すると、ベッドでしばらく休むよう促してきた。絞られるような胃の痛みに苛まれている駈は、勧めに素直に従いベッドに横たわる他なかった。
なにもできないまま時だけが過ぎていく。
こんな所で寝ている場合じゃないのに。こんな大事な時に、俺はいったいなにやってんだ。
やるせなさがこみ上げてきて泣きたくなる。
こんな程度のことで体調不良を起こすって、どんだけ豆腐メンタルなんだ俺は。
こんなんじゃどうせ、VR eスポーツ部になんか入っても……
いやいや、なに考えてんだ。
払うようにかぶりをふり、駈は制服の右のポケットに手を差す。そこには、お守りのように肌身離さず持っている部員募集のチラシがあった。そのチラシを取りだすと、駈は始業式の朝に自分に衝撃を与えた言葉をあらためて目で撫でる。
『主人公になろうとするのに理由なんてない』
そうだ。ここで諦めちまったら、眩しいものから目をそらすことで自分を守ってきた今までの人生、そのまんまじゃねーか。
踏みとどまろう、なんとしても。
五分、一〇分、一五分。二〇分が過ぎた所で薬が効き始めたのか痛みが和らいできた。
よし。
自分に喝を入れるように強く拳を握りこんだあと、駈はおもむろに上半身を起こした。上履きに足を入れ、ベッドから腰をあげる。
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