四月は君の嘘

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四月は君の嘘

 全校の通路という通路にチラシを貼るというその大規模プロジェクトは、翌日の午後のホームルームが終わった瞬間にスタートした。  用意されたチラシの枚数は三〇〇枚。いくらなんでもこんなに多い枚数を貼る必要はないんじゃないかと思った駈は、ゆめにその旨を伝えた。するとゆめは次のような返答をしてきた。 「古今東西、どんな時代においてもそうなんだけど、戦争の勝敗に一番大きな影響を与えるのは結局、物量なの。物量を制するものが戦争を制す。そういうものだからこそ、絶対に私たちは数で負けてはならないの」 「戦争って……いくらなんでも大げさな気がすっけど。俺たちがやろうとしているのはあくまでも、VR eスポーツ部の仲間集めなんじゃねえの?」  そう駈が問うと、ゆめははっきりとかぶりをふってみせる。 「新入部員争奪戦は、戦争なの。敵より一歩、頭一つ抜きんでるために、私たちは考えられるすべての策を講じなきゃいけない」 「どんだけシビアなんすか……」  辟易し、がっくりと肩を落とす駈をよそに、ゆめは椅子を使って壁の高所にチラシを貼りはじめる。話を一方的に断ち切られてしまった以上、駈にできることは、手伝うのか、手伝わないかの二者択一を選ぶことだけだ。駈はもういちど大きなため息を吐くと、この場所からもっとも遠い場所にある校舎の反対側へ向かうべく踵をかえした。  校舎の対称位置からチラシ貼りを開始した二人が再会したのは、時計の針が生徒の下校時刻と定められている午後七時をさす、まさにその瞬間だった。 「ほぉーー……」  高所にチラシを貼るため椅子に上がっていたゆめが、肩で息をしながら額の汗を拭う。  たかがチラシ貼りにどんだけ緊張しとんねん。 「よかったー。なんとか終わったぁーー!」  伸びをするように双手を天に突き上げたあと、ゆめはぴょんと椅子から飛びおりる。 「三〇〇枚……始める前までは今日一日で全部貼るなんて無理なんじゃないかと思ったけど、やってみりゃできるもんだな」 「そう」  ゆめは薄く笑み、頷く。 「そういうものなのよ。やってみる前までは、こんなことどうやったって無理だ、不可能だと感じることでも、集中して全力でやろうとすれば、じつはできないことはなかったりする。そういうことって案外、世の中にいっぱいあるの」  腰の左右に手を置いたまま、ゆめは唇の端を吊りあげる。ドヤ顔のつもりだろうか。 「今までずっと陰キャとして過ごしてきた青迫くんにとっては、人生を一変させるような成功体験になったんじゃない?」 「いやいくらなんでも、こんな程度のことが一人の人間の人生の転機になるかっつの」 「あはは。まあ、それはそうだよね」  こういった相手を見下す発言ももう何度もくりかえされてきたため、駈はもはや腹を立てる気すら起こらなくなってきていた。 「しかし……」  壁面のいたるところに貼りつけられたチラシを、駈は遠くまで見わたす。 「最初三〇〇枚といわれたときは、なにかの間違いだろと思ったけど……VR eスポーツ部のチラシが他の広告を押しのけるようにたくさん貼られたこの壁を見てると、物量ってもんにはやっぱりそれ相応の意味があるんだっていうことを感じさせられるな」 「でしょ」  腰に手を置いたまま、ゆめは偉そうに胸をそらせる。 「学校全体を制圧するレベルの物量だからな……残り一週間で参加者七人っていうミッションも、これだったらクリアできる公算はあるんじゃないかと思う」 「公算があるというか、これならクリアできる。絶対に」  余裕の表情で断言するゆめ。駈は思わず破顔してしまう。 「だな」  そこで駈はあらためて、いまもっとも自分に近い場所に貼られている一枚と向きあう。
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