四月は君の嘘

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『地球で一番人気があるということは、このスポーツでチャンピオンになれば地球で一番のカリスマになれるということ。  地球の主人公になれるということ。  主人公になろうとするのに理由なんてない。  この部に入って、私と一緒に地球の主人公をめざそう!』  何度見ても鮮烈な言葉だ。  このチラシを眺めるとき、俺はいつも時間を忘れてしまう。  自然と心を吸い込まれ、見入ってしまう。  このチラシには魔力がある。  その魔力は全ての人間に対して効力を持つものではないのかもしれない。  でも。少なくとも俺には効いている。  どうしようもないほど魅せられ、焦がれてしまっている。  俺にとってこれは、ある種の恋のようなものなのかもしれない。  心を幻惑し、他のことを考えられなくさせる魔性の存在。  脱出することは不可能。  俺はおそらくこの魔法から、これから死ぬまで逃れることができない。  なら、いっそ――  右上、左上。右下、左下。駈はチラシから画鋲を一本づつ引き抜いていく。 「え? 青迫くん、ちょっと――」 「いや、そういえば肝心な自分のぶんをもらってなかったなと思って」  壁から完全に取り外されたチラシを、駈は八つ折りにして上着のポケットにしまう。 「な……」  ゆめは茫然とした表情で、チラシがしまわれたポケットに視線を注ぐ。 「どうして? 青迫くんにはもう必要ないはずなのに……」 「いやだから昨日も言ったじゃん。俺はこのチラシに書いてある文言が好きなんだって」 「す、好き……」  駈から視線を外し、ゆめは僅かに顔をうつむける。 「俺にとってこれは、人生の道しるべみたいなもんだから。手に入れられるうちに手にいれておきたかったっつーか」  なにげなくそう呟いた瞬間、ゆめは縮こまるように肩をすくめた。見ていて一体どうしたのかと思うくらい、あからさまな身の縮め方だった。この動きと並行してうつむきも深くなる。 「じ、人生の道しるべ、って……」  途切れ途切れに言いながら、ゆめはスカートの位置で手をもじもじとすり合わせる。 「別にいいだろ? 三〇〇枚のうちの一枚にすぎないんだから」 「まあ、それはそうだけど」  駈は壁に貼られている同一内容のチラシを見あげる。 「今年の三月に卒業したこのチラシを作った先輩って、いったいどんな人だったの?」 「え? そ、それは……」  一瞬大きく目を見開いたあと、ゆめはまた顔をうつむける。 「女子の……先輩」  一人称が私だから女なんじゃないかと思ってたけど、やっぱりそうなのか。 「女子の、どんな人?」 「えっと……成績がいい人……だったかな?」 「女子で、成績がいい人……てことは春瀬みたいな人だったってことか」 「えっ? ああ……うん、そう。私みたいな人だったの」  そこで、ゆめはへらっとした笑みを浮かべる。 「そっか」  駈はあらためてチラシに向きなおる。 「一度、話してみたいな、その人と」 「え……っ」  繕ったような笑みを浮かべていたゆめの顔が一転、驚愕の色に染まる。 「でも、もう卒業しちゃった先輩だし」 「いや、学校さえわかれば俺のほうから出むいていくよ」 「……それ、本気で言ってるの?」 「もちろん」 「そう……」 「なんて高校に通ってる、なんて名前の人なの?」 「そ、それは……」  たまゆら視線をうろうろさせたあと、ゆめは思い切ったように口を開く。 「じ、じゃあ、先輩に聞いてみるね。話したがってる同級生がいるって」 「えっ、マジで?」 「今日、こんなに手伝ってもらったわけだし。そのお礼っていうことで」 「マジか、是非頼むわ!」 「実際に会うのは難しいと思う。でも、ラインやSNSのやりとりなら、もしかしたら先輩はいいって言うかもしれない」 「ラインやSNSでも全然オッケー!」 「そう。じゃあ、私に番号を教えてくれる? 先輩に伝えるから」  そう言うと、ゆめはポケットから自分のスマホを取りだす。 「あいよ」  先輩に連絡を取るためという、自分でも若干不思議に感じる理由で、駈はゆめと携帯番号を交換することになるのだった。  時刻が時刻なので、番号を交換し次第、二人はすぐに学校を後にする。
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