四月は君の嘘

4/6
前へ
/96ページ
次へ
 ガラガラガラ。 「すまん、遅くなった!」  引き戸を開けた瞬間、部室の奥に立っているゆめと目があう。  ゆめはホワイトボードを背にしつつ、パイプ椅子に座る生徒たちを前にしている。  よく見るとパイプ椅子には一つだけ空席がある。パイプ椅子が八つなのに対し、座っている生徒たちは七人。そのうちの四人が男で、三人が女だった。  七人。プレーをするために必要だった残りのメンバーの数そのものじゃねえか。  誰にも気づかれぬよう密かに、駈は拳にぐっと力をこめる。 「もう始まっちまってたか?」  椅子に座る見学者七人の視線を感じながら、駈はゆめに問う。 「ううん、まだ体験会自体は始まってない。今は私がみんなに軽い自己紹介をして、それからみんなに自己紹介をしてもらおうっていうところ」 「そうか。よかった……」 「そんなところに突っ立ってないで、早くこっちにきて」 「あいよ」 「一度そこに立って。紹介するから」  そう言ってゆめはホワイトボード前の自分の隣にあたる場所を指さした。駈はそこへ赴く。 「彼は同じクラスの青迫駈くん」  言いながらゆめは、上向けた手の平を駈に向けてくる。 「青迫くん、てみじかになにか一言挨拶してもらえる?」  ゆめから視線を外し、駈は椅子に座る見学者七人に向きなおった。 「三年一組の青迫駈です。俺は帰宅部で、これといった趣味もありません。人間将棋に興味をもったのは、先日行われたスコットランドの英雄ウィリアム・ウォレス選手の引退試合をテレビで見たことがきっかけです。『これから人間将棋界に嵐の時代が訪れる』というeスポーツ実況者の語り口が……なんというかうまく説明できないんだけど心に響いて、そっからVR eスポーツ人間将棋に興味を持ちはじめました……とこんな感じでいいのか?」  隣に立つゆめへ視線を流すと、ニコッとした笑みが返ってきた。 「オッケーありがとう」  ゆめはウインクしながら、人差し指と親指で輪を作ってみせる。 「おおっ!」  大柄な体つきをした短髪の男子生徒が、叫ぶやいなや拍手を送ってくる。すると彼のその反応が呼び水となり、見学者の何人かが手を叩きはじめた。パチパチパチパチパチ……  なんの因果が、八つ置かれたパイプ椅子に残された最後の空席は、その大男の隣だった。駈はそこへ赴く。椅子に腰をおろした瞬間、隣の大男が声をかけてくる。 「ウィリアム・ウォレス選手の引退報道、僕もみたよ」  クマを思わせる巨躯に似あわず、大男はおっとりした口調でしゃべる。 「えっ、マジで?」  大男は大きく頷いて肯定する。太眉と大きな鼻が目を引く四角い顔に、屈託のない朗らかな笑みが浮かぶ。 「じつは僕も……」 「じゃあ次、物部透侍(ものべとうじ)くん」  二人の会話をよそに、ゆめが次の人を指名する。 「え、あ、はいっっ!」  大男が、弾かれたようにすっくと立ちあがる。  大男もとい物部透侍は、カクカクとしたぎこちない動作で先ほど駈が立っていた場所に移動したあと、見学者七人に向きなおる。その瞬間、駈は思わず目を剥いてしまう。透侍とその側に立つゆめとの間に、大人と子供とよべるくらいの圧倒的な体格差があったためだ。体格差から推測するに、透侍の身長は一九〇センチはありそうだ。 「三年四組の物部透侍です。図書委員をしています」  透侍の自己紹介が始まる。 「人間将棋に興味を持ったのは、青迫くんと同じくウィリアム・ウォレス選手の引退報道がきっかけでした。ウォレス選手の引退報道にはファンの方たちが涙を流しながら辛い心情を吐露する場面がありましたが、僕はそのシーンに心を大きく揺さぶられました。それから、家族でもなければ恋人でもない人間のために泣き叫ぶことができる人々がいるその世界のことを、もっと深く知りたいと思うようになりました。それが、今日の体験会に参加した理由です。みなさん今日はよろしくお願いします!」  パチパチパチパチ。駈とゆめを含む数名の拍手に見送られ、透侍が席に戻ってくる。あがり症なのか知らないがその顔は真っ赤に火照り、額には無数の汗の粒が浮かんでいた。 「いい自己紹介だったよ」  駈は立てた親指を、うつむく透侍の視線の先へもっていく。 「ありがとう」  胸を大きく膨らませたあと、透侍はホッと安堵の息をもらす。 「ありがとう、物部くん」  透侍に礼を言ったあと、ゆめは拍手の手を止める。 「……じゃあ次は、鐵くんお願いします」  透侍の右隣に座っていた男子が、待ってましたといわんばかりに即座に立ちあがった。透侍ほどではないが、背が高い。一七五センチはあるだろうか。刈り上げられた髪は、上部がしゃれたマッシュヘアになっている。同じ中学生とは思えない凝った髪型だ。  彼は透侍とはまるで正反対の悠然とした足どりで所定の位置に移動し、駈を含む見学者たちに向きなおった。その瞬間、凝った髪型にふさわしいイケメンフェイスがあらわになる。  鐵は黒ぶち眼鏡をかけたスタイリッシュな雰囲気のイケメンだった。吊り上がった精悍な眉の下に、睫毛の長いタレ目がある。ドヤ顔のつもりなのか、悠然とした笑みを浮かべている。  この顔には見覚えがある。こいつは確か、この学校のスクールカースト一位の…… 「三年二組の鐵心一(くろがねしんいち)だ。歴史研究部の部長を務めている」  表情に沿った悠然とした口調で、鐵は自己紹介を始める。 「俺が今日の体験会に参加したのは、俺の父が社長を務める鉄鋼会社『クロガネ製鋼』がeスポーツチームのスポンサーだからだ。将来、社長の座に就く御曹司として俺は、企業経営に関わるありとあらゆる知識を深めておく必要がある。VR  eスポーツもその一つというわけだ。俺からは以上だ」  自分の地位を自慢しただけじゃねえか。  心内で毒づく駈をよそに、鐵はホワイトボードの前から戻ってきて元の席に腰かける。 「鐵くんありがとう。じゃあ次は霧下くんお願いします」  ゆめの声に促され、鐵の右隣に座っていた男子が腰を上げた。定位置で体の向きを変え、駈たちに向きなおる。  まず目を引いたのは、刃を思わせる切れ長の瞳だった。色白で、唇が薄い。典型的な塩顔男子の特徴だ。背は一七〇センチの駈とほぼ変わらないくらい。 「三年一組の、霧下空(きりしたそら)。部活は陸上部に所属してる……」  トーンの低い気だるげな声で、霧下が自己紹介を始める。 「俺が今日の体験会に参加したのは、eスポーツが実力次第で莫大な賞金を稼げる競技だと聞いたからだ。俺は今、とある事情で金を必要としてる。だから、自分自身に人間将棋の素質があるのかどうかだけとりあえず確かめておきたいんだ。俺は人間将棋についてのルールとか今はなにも知らないけど、もし今後チームメートになるようであればそん時はよろしく頼む」  霧下空。こいつは同じクラスにいるから知ってる。陸上短距離のエースで、タイムは全国に通用するレベルだとかなんとか……そんなような噂を聞いたことがある。  全国レベルのスプリンター。こいつもまた、『巨躯の透侍』、『地位の鐵』にまったく引け劣らない、強い武器の持ち主なわけだ。  霧下が席についたところで、ゆめが口を開く。 「ありがとう霧下くん。じゃあ次は宇野くんお願い」 「はい!」  名を呼ばれた瞬間、霧下の右隣に座っていた最後の男子キャラが元気よく立ちあがった。  三年生の平均身長に近い駈や霧下と比べると一まわり背が低い。童顔だし、おそらく下級生なのだろう。彼は所定の位置に移動したあと、駈を含む見学者たちに向きなおる。 「新入生の宇野隼人(うのはやと)です! 僕は小学一年のころからずっと、港区スポーツセンターの武道場に通って競技なぎなたを習ってます! 今日の体験会に参加したのは、VR eスポーツ人間将棋は競技なぎなたの技術が応用できるスポーツだと、港区スポーツセンターで指導員をやっている母から勧められたためです。この学校には競技なぎなた部はないので、僕はこのVR eスポーツ部に入るつもりです。みなさん、今後ともよろしくお願いします!」  腰を四五度折るキレのいいお辞儀とともに、宇野くんの自己紹介は幕を閉じた。その瞬間、ゆめが一人で盛大な拍手を始める。 「新入生うれしい!!」  喜びの声を上げ、ゆめは自分と同じくらいの背丈の宇野くんにがばっと後ろから抱きつく。 「ちょ……なにするんですか!」  宇野くんの顔が一瞬で真っ赤になる。柔らかいものでも当たっているのだろうか。 「全世界のあらゆる歴史上の武器がアイテムとして使える人間将棋では、薙刀みたいな長物の武器も選びきれないくらいたくさんあるの。だから絶対に宇野くんも満足できると思う!」  ゆめは愛猫を慈しむように、宇野くんの短髪の頭をわしゃわしゃとかき回す。 「わ、わかりました! わかりましたから、はやく離してください……!」  ゆめの愛情ホールドを必死のもがきで振りほどくと、宇野くんは千鳥足で自分の席へ戻っていった。やはり、柔らかいものが当たっていたのだ。椅子に座るやいなやぐったりと動かなくなった宇野くんに、ゆめは親指を立てながらウインクを送った。 「宇野くんありがとう!……じゃあ次、藍田さんお願いします!」 「は、はいっ!」  と答えたその声は、思わず耳を疑ってしまうほどトーンが高かった。宇野くんの右隣に座っていた藍田さんは、電気ショックを受けたかのように一瞬で立ちあがると、例によってホワイトボードの前へ移動し、駈を含む見学者たちに向きなおる。  藍田さんは極端に背の低い女子だった。隣に立つゆめとの体格差から考えるに、身長は一四五センチに満たないと思われる。髪型は前髪M字バングのお団子。下がり眉×タレ目という顔のパーツの組み合わせが、気弱な雰囲気を醸しだしている。 「あ、藍田結羽(あいだゆう)。に、二年一組。し、しし、飼育係をやっていますっ」  そうとう緊張しているらしく、藍田さんは極端に高い頻度で声を詰まらせながら話す。 「わ、わわっ……わ、たっしが、VR eスポーツに興味を持ったのは……VR eスポーツ人間将棋が、人と動物が一体になって戦うスポーツだから……です」  対人恐怖症か何かなのか、藍田さんは終始顔をうつむけ、人の顔を見ぬまま喋りつづける。 「人間将棋には、馬、象、ラクダ、軍犬という四種類の戦闘度物がい、いますが……私はそういった動物達を上手に操って戦うタイプのプレーヤーに憧れてます……私の父はペットショップの店長をやっていて……私はその影響で動物が、好きなんです」  ここまで言うと、藍田さんは小さく辞儀をし、小走りで自分の席へ戻ってしまう。  藍田さんの焦り方は、駈にはあがり症の域を超えているように感じられた。  対人恐怖症か、極端な人見知り。おそらくはそのどちらかなのだろう。 「藍田さんありがとう!」  ゆめは大きな声で礼を述べ、パチパチと手を打ちならす。 「では次は、一ノ橋さんお願いします!」  藍田さんの右隣に座っている一ノ橋さんが立つ……と思いきや、その気配はない。  身を乗りだして一ノ橋さんのいるあたりを覗きこむと、真ん中分け茶髪セミロングの女子が、左隣に座っている黒髪ゆるふわロングの一ノ橋さんを小突いている様子がみえた。信じられないことに一ノ橋さんは、隣にいる茶髪セミロングの女子の肩に頭をあずけて眠ってしまっていた。茶髪セミロングの女子が、声質によるものと思われる甲高いガラガラ声を発する。 「おいユキ、名前呼ばれてんぞ。早く起きろ!」  茶髪セミロングの女子が何度小突いても、一ノ橋さんが起きる気配はない。 「ちっ」  舌打ちをした茶髪セミロングの女子が、ゆめに視線を投げる。 「主催者さん、すまねーがユキは今この通り寝ちまってるから、アタシが二人分の自己紹介をするってことでもいいか?」 「えっ……? いや別に、こちらとしては全然かまわないけど」 「ワリィな」 「いえいえ。……じゃあ砂川さん、お願いします」 「あいよ」  砂川さんが立ち上がる。  砂川さんはすらりとした体躯の長身の女子だった。身長はおそらく駈、霧下より僅かに低い一六七センチ程度。肌は浅黒い。細く長い脚でずんずんと闊歩し、ゆめの隣に立ったところでぐるんと身をひるがえすやいなや、ゆめがよくやる腰に双手を置く堂々としたポーズをとる。  砂川さんは女子としてはやや面長で、吊りあがった切れ長の瞳をしている。このような容姿を弥生顔というのだろうか。アジアンなその容姿に、スレンダーな体躯と長い脚、健康的な肌の色がうまく調和し、ワイルドな女性の美を形作っている。 「三年四組の砂川乃亜(すなかわのあ)です。女子野球クラブでキャプテンをやってます。ポジションはキャッチャー。……んで」  そこで砂川さんは、自分が座っていた椅子に倒れこんですやすやと寝息を立てている一ノ橋さんに指をさす。 「そこでよだれを垂らして眠ってる髪の長い子が一ノ橋雪(いちのはしゆき)。去年まで女子野球クラブでバッテリーを組んでいたアタシの親友で、二年のときのスポーツテストでは学年一位」  親友を指すのに使っていた手をふたたび腰に置き、砂川さんは続ける。 「アタシがeスポーツに興味を持ったのは、eスポーツが中学卒業後の進路の一つとして考えられると思ったからです。ぶっちゃけますがアタシは成績は学年最下位で、高校進学はスポーツ推薦以外の選択肢はありません。周囲はスポーツ推薦いけるといってくれてますが、もし無理だったらアタシの人生はどん詰まりになります。そこで、アタシはスポーツ推薦が万が一難しくなった場合の保険として、VR eスポーツに着目しました。VR eスポーツが自分にとっての人生の選択肢になりうるのかどうか、アタシは今日のプレー体験で見極めたいと思っています。――んで」  そこで砂川さんは今一度、一ノ橋雪に指をさす。 「eスポーツを進路の選択肢の一つとして捉えているっていうのは、そこで眠ってるユキも同じです。ユキもまたアタシと同じスポーツしか能のない人間で、VR eスポーツに適応できるかどうかで中学卒業後の人生が決まってくるっていう状況なんです。と、アタシはこんなところです。よろしくお願いします」  砂川さんの座っていた席には、一ノ橋さんが相も変わらず横たわっている。  砂川さんは一ノ橋さんを起こさないようにするため、あえて床に腰をおろした。  一九〇センチと推定される、おそらくは全生徒の中で最大の巨躯をもつ物部透侍。  財閥の御曹司にしてスクールカースト一位の超絶イケメン、鐵心一。  全国レベルのスプリンター、霧下空。  最年少ながら小一の頃から競技なぎなたを続けてきた、宇野隼人。  学年一でもおかしくない低身長の持ち主、藍田結羽。  スポーツテスト学年一位の一ノ橋雪。  学年最馬鹿の砂川乃亜。  七人の参加者は、どいつもこいつも稀にみる超個性の持ち主だった。  応募者が七人とわかった時は嬉しかったけど、まさかその七人が七人ともここまでくっきりとした個性の持ち主だとは思わなかった。  そして忘れてはいけない中心人物、ゆめは成績学年一位……  このメンバーの中で俺は果たして、埋もれないでいることが可能なんだろうか。  とりあえず今のところは、無理な気しかしない……  そんな駈の物思いを断ち切ったのは、ゆめの双手が立てた、ぱんっ!という音だった。 b01e3c89-ee11-4e25-bea2-493a6bc593e8 砂川乃亜 45617170-7314-40a6-b026-4989503314ac 藍田結羽 4ecd63f7-6faa-4e01-aad2-89d76f2f3ed0 一ノ橋 雪 b7780fdb-d6e0-45b9-b309-257cdcd577e8 霧下空 4171dcac-dd88-4925-916c-d123476e52ed 鐵心一 f84a6abf-40e4-4409-a0e0-bc8c0e3448ea 物部透侍 bc4a0c07-8d2d-40c7-ae0f-6f28954a1f92 宇野隼人
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

81人が本棚に入れています
本棚に追加