五條大橋の牛若丸

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 一,〇二一,〇九八 ÷ 九 = 一一三,四五五  黒のマーカーで数字が過去こまれたホワイトボードに、制服姿のゆめはマーカーをカンッ、と打ちつけた。これはもちろん、パイプ椅子に座る八人の気を引くための動作だ。 「一一三,四五五円。これが今回の私たちが得た投げ銭の、九人に対する分配金額になる」 「一一万……」  霧下が唖然とした表情で呟く。 「月収とかじゃなく、さっきのあの一戦だけで、こんな大金が手に入っちまったってのか」  ありえない。そういう気持ちを表現するように、霧下は緩慢にかぶりをふる。 「これは……eスポーツの世界ではよくあることなのか?」 「プロの世界では高額の投げ銭が飛び交うのは普通のことだけど、アマチュア同士の試合ではここまでの大金が動くのはめずらしい。今回、これだけの投げ銭が得られたのは、相手が大勢のファンを試合に動員できるTEAM五條大橋だったこととか、試合展開が稀にみる接戦になったこととか、いくつかの条件が重なった結果もたらされた偶然の産物」 「そうか……」  霧下は考えこむように視線を落とす。  ぱんっ。ゆめが手を打ちならした。 「じゃ、そろそろ本日のメインイベントいきます」  ゆめは身をひるがえし、イレーサーを車のワイパーのように動かして数字を消していく。全て消し終えたところで、白一色に戻ったホワイトボードにキャップを外したペン先をつける。  入部届。この三文字が、ホワイトボードの全体を使ってでかでかと書かれた。 「みんなも知ってる通り、今日は校則で定められた一週間の仮入部期間の最終日だから、みんなに最終結論を出してもらわなきゃいけない」  言いながらゆめはまた、マーカーのキャップでコンッ、とホワイトボードを叩く。 「どうでしょうかみなさん」 「希望します!」  真っ先に手を挙げたのは、宇野くんだった。それに、藍田さんが続く。 「わ、私も……!」 「ありがとう!二人ならそう言ってくれると思ってた」  ゆめは心から嬉しそうな笑みを浮かべ、二人に入部届を手渡す。それから駈へ顔を向ける。 「青迫くんは?」 「もちろん、俺も」 「それじゃ、僕も頂こうかな」  駈のあとに、右隣に座っている透侍がにこやかな笑みを浮かべながら続いた。 「青迫くん、物部くんありがとう!」  並んで座る男子二人にゆめは入部届を手渡す。 「他のみんなは、どう?」  残るは鐵、霧下、バッテリーコンビの四人。その四人に、ゆめは語りかける。 「んじゃ、俺も入るわ」  霧下が気だるげに挙手をする。 「霧下くんありがとう! 霧下くんは私、なんとなく入ってくれるんじゃないかと思ってた」  ゆめは笑顔で霧下に入部届を手渡す。 「いや、なんとなくってなんだよ……」 「アタシは女子野球部のキャプテンやってる身だから、出れないことのほうが多くなると思うけど」  ゆめがホワイトボードの横に戻ったタイミングを見計らい、乃亜が切りだす。 「それでも構わないっていうんなら、入らせてほしい」 「どんな事情があっても大丈夫。eスポーツっていうのはそもそもゲームなわけだし、学校じゃなければできないっていうものじゃない。やり方はいくらでもあると思う」  やり方はいくらでもある。ゆめがそう語った瞬間、固く強張っていた乃亜の表情が緩む。 「そっか。ならアタシも入るよ」 「砂川さん、ありがとう!」  乃亜に入部届を渡すと、ゆめはそこに立ったまま視線を右へ少しずらす。 「一ノ橋さんは?」 「じゃあ私も」 「ありがとう……!一ノ橋さんがいてくれると本当に心強い!」  ゆめはその場で一ノ橋さんに入部届を手渡す。  さて、残るは…… 「鐵くんは、どう?」  腕と脚を組んだまま目を瞑っている鐵に、ゆめは問う。鐵は一拍の間を置き、返事をした。 「入ってやらんでもない」  ツンデレかよ。 「鐵くんありがとう!本当にうれしい!」  ゆめは笑顔で鐵に入部届を渡した。それからホワイトボードの前へ戻り、身をひるがえす。 「よっしゃーっ!」  みんなに対して向きなおった瞬間。ゆめは拳を勢いよく天に突きあげてみせる。 「体験会に来てくれた全員が入部してくれるなんて……やっぱり人間将棋は凄いスポーツだ」  ホントにな。 「それじゃあみんな、これから一年間――」  ゆめは笑んだまま両拳を胸の前で握りしめた。それから例によって腰を落としためを作る。 「物語を創っていこう!」  例によってゆめは、自分の声を合図に右拳を勢いよく天に突きあげてみせた。 「「おお~っ!」」
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