81人が本棚に入れています
本棚に追加
/96ページ
一,〇二一,〇九八 ÷ 九 = 一一三,四五五
黒のマーカーで数字が過去こまれたホワイトボードに、制服姿のゆめはマーカーをカンッ、と打ちつけた。これはもちろん、パイプ椅子に座る八人の気を引くための動作だ。
「一一三,四五五円。これが今回の私たちが得た投げ銭の、九人に対する分配金額になる」
「一一万……」
霧下が唖然とした表情で呟く。
「月収とかじゃなく、さっきのあの一戦だけで、こんな大金が手に入っちまったってのか」
ありえない。そういう気持ちを表現するように、霧下は緩慢にかぶりをふる。
「これは……eスポーツの世界ではよくあることなのか?」
「プロの世界では高額の投げ銭が飛び交うのは普通のことだけど、アマチュア同士の試合ではここまでの大金が動くのはめずらしい。今回、これだけの投げ銭が得られたのは、相手が大勢のファンを試合に動員できるTEAM五條大橋だったこととか、試合展開が稀にみる接戦になったこととか、いくつかの条件が重なった結果もたらされた偶然の産物」
「そうか……」
霧下は考えこむように視線を落とす。
ぱんっ。ゆめが手を打ちならした。
「じゃ、そろそろ本日のメインイベントいきます」
ゆめは身をひるがえし、イレーサーを車のワイパーのように動かして数字を消していく。全て消し終えたところで、白一色に戻ったホワイトボードにキャップを外したペン先をつける。
入部届。この三文字が、ホワイトボードの全体を使ってでかでかと書かれた。
「みんなも知ってる通り、今日は校則で定められた一週間の仮入部期間の最終日だから、みんなに最終結論を出してもらわなきゃいけない」
言いながらゆめはまた、マーカーのキャップでコンッ、とホワイトボードを叩く。
「どうでしょうかみなさん」
「希望します!」
真っ先に手を挙げたのは、宇野くんだった。それに、藍田さんが続く。
「わ、私も……!」
「ありがとう!二人ならそう言ってくれると思ってた」
ゆめは心から嬉しそうな笑みを浮かべ、二人に入部届を手渡す。それから駈へ顔を向ける。
「青迫くんは?」
「もちろん、俺も」
「それじゃ、僕も頂こうかな」
駈のあとに、右隣に座っている透侍がにこやかな笑みを浮かべながら続いた。
「青迫くん、物部くんありがとう!」
並んで座る男子二人にゆめは入部届を手渡す。
「他のみんなは、どう?」
残るは鐵、霧下、バッテリーコンビの四人。その四人に、ゆめは語りかける。
「んじゃ、俺も入るわ」
霧下が気だるげに挙手をする。
「霧下くんありがとう! 霧下くんは私、なんとなく入ってくれるんじゃないかと思ってた」
ゆめは笑顔で霧下に入部届を手渡す。
「いや、なんとなくってなんだよ……」
「アタシは女子野球部のキャプテンやってる身だから、出れないことのほうが多くなると思うけど」
ゆめがホワイトボードの横に戻ったタイミングを見計らい、乃亜が切りだす。
「それでも構わないっていうんなら、入らせてほしい」
「どんな事情があっても大丈夫。eスポーツっていうのはそもそもゲームなわけだし、学校じゃなければできないっていうものじゃない。やり方はいくらでもあると思う」
やり方はいくらでもある。ゆめがそう語った瞬間、固く強張っていた乃亜の表情が緩む。
「そっか。ならアタシも入るよ」
「砂川さん、ありがとう!」
乃亜に入部届を渡すと、ゆめはそこに立ったまま視線を右へ少しずらす。
「一ノ橋さんは?」
「じゃあ私も」
「ありがとう……!一ノ橋さんがいてくれると本当に心強い!」
ゆめはその場で一ノ橋さんに入部届を手渡す。
さて、残るは……
「鐵くんは、どう?」
腕と脚を組んだまま目を瞑っている鐵に、ゆめは問う。鐵は一拍の間を置き、返事をした。
「入ってやらんでもない」
ツンデレかよ。
「鐵くんありがとう!本当にうれしい!」
ゆめは笑顔で鐵に入部届を渡した。それからホワイトボードの前へ戻り、身をひるがえす。
「よっしゃーっ!」
みんなに対して向きなおった瞬間。ゆめは拳を勢いよく天に突きあげてみせる。
「体験会に来てくれた全員が入部してくれるなんて……やっぱり人間将棋は凄いスポーツだ」
ホントにな。
「それじゃあみんな、これから一年間――」
ゆめは笑んだまま両拳を胸の前で握りしめた。それから例によって腰を落としためを作る。
「物語を創っていこう!」
例によってゆめは、自分の声を合図に右拳を勢いよく天に突きあげてみせた。
「「おお~っ!」」
最初のコメントを投稿しよう!