五條大橋の牛若丸

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「ウシワカーー!」 「義経、ぶちかましたれーー!」 「ファイトやでー、TEAM五條大橋ー!」  一週間ぶりにログインした人間将棋闘技場は、前回と真逆のたいへん賑やかな空間だった。観客席を兼ねる城壁の上が、若者を中心とした日本人の観戦者によって埋めつくされている。  義経の源氏軍を軍装とする『TEAM五條大橋』の棋士・ウシワカが、自分達が入場してきた東門の前あたりで、馬にまたがったまま城壁の上の応援団へ手をふる。 「おう、まかせとけー!」  ウシワカはジャニーズ系という形容がしっくりくる、フェミニンな容姿の若者だった。 「頼むでー!」  飛び交う声援の大きさに圧倒され、駈は思わず、これから対戦する相手ではなく城壁の上へ目を向けてしまう。 「なんか上にすげー人がいっぱいいるけど……あれって全部観客のアバターなの?」 「聞こえてくる声援が全部京都弁だからおそらく、あれは地元の応援団なんだと思う」  間近にいるゆめが、駈同様に城壁の上を見上げながら呟く。 「地元って、京都の?」 「全員京都人なのは間違いない。で、おそらくは、そのうちのほとんどは京都市の五條大橋の付近に住んでる人だと思う」 「五條大橋の付近……? なんでそんなことがわかんの?」 「それは、人気が不自然だから」 「不自然?」 「これはどんなスポーツにも言えることだけど、ファンっていうのは普通その競技において圧倒的に輝いているスターに対して付くものじゃない? TEAM五條大橋はデビューから一九戦無敗の快進撃を続けているとはいえ現状はまだEランク。Eランクっていうのは、ピラミッドでいうところの底辺。その域のチームにここまでファンがつくっていうのは本来あまり例のないことなの。――では。強さが人気の根源でないなら、いったいなにが根源なのか。そう考えたとき答えは自然と、チームカラーというところに行きつくわけ」 「チームカラー……」  駈は呟く。 「なるほど、そのカラーこそが、五條大橋ってことか」 「そういうこと」  真面目顔を面に貼ったまま、ゆめは起き上がり小法師のようにぐわんと大げさに頷く。 「彼らはおそらく、そのチーム名とプレースタイルにおいて地元・五條大橋の人たちの心をつかんだ、地域のアイドルということなんだと思う」  と、ゆめが言い終えた、その時。 「お前たち、見に来てやったぞ!」  聞き覚えのある声が響いた。声がした西門の方に目を向けると、門の真上あたりに駒屋で言い争いをした三人組、忍者、鎧武者、足軽が並んで立っていた。彼らがこの対戦に気づけたのはおそらく、フレンド登録者同士の間で対戦の通知が行くシステムのためだろう。 「お前は言ったよな、今年中に、その女の子は史上初の女性プロプレーヤーになり、嵐龍と戦うことになると!」  忍者が口布を外した上で叫ぶ。 「お前たちに本当にそんな力があるのかどうか、見届けさせてもらうぞ!」  駈は城壁の上の三人に指をさすと、腹に思いっきり空気をため込んでから叫んだ。 「絶対に勝つ!」  堂々たるこの宣言に、三人組は反応を返してこなかった。その代わり、今度は京都人の観客たちが声をあげ始める。 「絶対に負けるなやー! 相手は対戦歴ゼロの子供やでー!」 「そうやそうや! 全員子供の上に女がいるようなとこに負けたら承知しいひんでー!」  対戦相手を貶めるような声援が相次いで響く。こちらに対する罵声にも思えるその声に対しゆめは、ネコ科の猛獣を思わせる迫力の形相で食ってかかった。 「将棋を題材にしたeスポーツ人間将棋には、年齢の別もなければ、男女の別もない!」  大声で叫びながらゆめは、義経応援団を威嚇するようにドゥミ・ランスを掲げる。 「この競技では知性のある人間こそが最強なの!」  男どころか大人にすら物怖じせずブチギレる女子中学生……どんだけ自尊心強いんだ。  しかしそんなゆめの叫びを観客たちはまったく意に介さず、ウシワカへ声援を送り続ける。 「牛田! わかってるやろうな」  唐突にしわがれた男の声が競技場内に響く。それはファンの発する熱のこもった歓声とは正反対の、相手を威圧するような猛々しい声だった。スポーツ競技場においていささか場違いにも感じられるこの声を発したのは、城壁の上の、ウシワカが入場してきた東門の真上あたりで身を乗りだしている高級ビジネススーツ姿の男だった。 「会社では平社員にすぎんお前に一〇〇〇万の『車太刀』を買い与えたのは、ゲームを遊ばせるためやない。会社の体面を背負って戦う実業団としてのeスポーツチーム、TEAM五條大橋にタイトルをとらせるためやちゅうこと」 「わかってますって、社長!」  本名が牛田であることが判明した棋士・ウシワカは、鞘から引きぬいた小太刀を社長に見せつけるように天高く掲げる。日本刀らしい優雅な反りをもつその小太刀は、国宝級の名刀がそうであるように、鏡面を思わせる煌びやかな光沢を剣身全体に帯びていた。 「車太刀は、鞍馬寺に伝わる源義経が所用したとされる小太刀。これは、義経の源氏軍を軍装とするTEAM五條大橋にこれ以上ないほどふさわしい刀です。チームのシンボルというべきこの刀で俺は、必ずTEAM五條大橋を栄冠へ導いてみせる」 「「おおーーっ!」」  ウシワカの決意表明に呼応する形で、京都人たちの声援のボルテージが一気に跳ねあがる。 「義経ーー! お前は俺たち京都人の夢やー!」 「嵐龍の首を取り、嵐の時代の覇者になってくれー!」 「嵐の時代の英雄になれー!」  嵐の時代。観衆が発したその言葉を耳にした瞬間、駈は思わず目を瞠ってしまった。  人間将棋実況者、安木松太郎の口から語られた、嵐の時代という言葉。  二週間前のニュースで語られたその言葉を、駈は自分の心に特別に深く響いているものだとこれまで思いこんできた。しかし。それは思いこみにすぎなかったのかもしれない。  世界十剣聖・第一席、スコットランドのウィリアム・ウォレスの引退とともに幕を開けた嵐の時代は、もうすでに大きな時代のうねりとなって、競技者、ひいては世界中の観客たちの心までをもその渦の中に呑みこんでしまっていたのだ。 「ああ、任せろ!」  嵐の時代の英雄になれという声援にウシワカはそう返すと、自身の主武器である太刀を鞘から引き抜き、天高く掲げてみせる。 「嵐龍は必ず、このウシワカが率いるTEAM五條大橋が討伐してみせる!」 「「おおーーっ!」」  人を蟻のように見せてしまう途方もなく広い闘技場が、瞬時に熱狂に包まれる。 「アウェー感が半端ないというかヤバイな……」  先日の試合とはあまりに異なる雰囲気に圧倒され、頬がヒクヒクと引き攣ってしまう。
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