五條大橋の牛若丸

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「前列、左から青迫くん、砂川さん、鐵くん、物部くん、宇野くん。後列、左から藍田さん、霧下くん、一ノ橋さん。布陣を展開して!」 「「了解!」」  これまでゆめの傍に立って話をしていた駈が、前列最左翼へ向かおうとしたその時。 「青迫くん」  背中にゆめの声がぶつかってくる。駈は足を止め、上半身だけで後ろをふりかえった。 「YOICHIを攻略したら、その次は必ず打ち合いのフェーズになる」  視線が交わった瞬間、ゆめは硬質な声で言った。 「その時に猛威をふるうのは、間違いなく弁慶。わかってると思うけど今回、青迫くんに両腕&右足スーツ・パワーアシストを、宇野くんに右足スーツ・パワーアシストを、それぞれ配分したのは……」 「わかってるよ」  ゆめを遮り、駈は口の端だけで仄かに笑んでみせる。 「弁慶を倒すためだろ」 「そう」  ゆめは力をこめて頷く。 「お願いよ」 「任せとけって」  飄々とした口調でそう答えるやいなや、駈は前列最左翼に走る。  配置場所に立ったその瞬間、目に飛び込んできたのは二筋の赤い閃光だった。  ウシワカとYOICHI。臙脂の大鎧をまとった二人の騎兵が、怒涛の勢いで馬を走らせこちらへ突進してくる。右隣にいる乃亜と、一言のやり取りを交わす暇すらない。  数百キロの馬体と数十キロの兵士が一体となった騎馬武者は、刃を交える側からすれば二メートル半の体高をもつ四本足の巨人でしかない。  あまりに威圧的で、そしてあまりに速い。  騎兵の想像を絶する迫力に気圧され、駈は思わず足を後ろへ引いてしまう。  騎兵というのは、歩兵と比較すると何から何まで次元が違う存在だった。  戦えるイメージがまったく沸かない。というより思考そのものを奪われ、消されてしまう。  突っこんでくる。弾き飛ばされる。踏み殺される。恐怖心ばかりが募る。  怖い。怖い。怖い。カラカラになった喉を潤すようにこくりと唾をのんだ、その時。  向かって右から弧を描くように馬を走らせてきているYOICHIがふいに、弓を引き絞る動きをみせた。 「結羽ちゃん!」  ゆめが大声で指示を飛ばすが、クロスボウが発射される気配はない。  代わりに棒状手裏剣に似た投擲武器ラング・ド・ブフが飛んで行ったが、当たらない。  YOICHIの馬はこちらの前を流れすぎるような動きをしているので、女子野球部のピッチャーである一ノ橋さんといえど狙いをつけるのは容易なことではないのだろう。  弾丸を思わせる速さで前衛の前を横切りつつ、YOICHIは矢を放った。次の瞬間。  くちゅっ。右隣から、鏃が肉に食い込む生々しい音が聞こえる。  まさか、と思いつつ顔を右へ向けると――乃亜が矢の貫通した自分の首を押さえている。 「す……砂川!?」 「…………」  歪めた顔を駈へ向けたまま、乃亜は口をパクパクと動かす。しかし、その口から音は出てこない。喉を射抜かれているためだ。  乃亜は崩れるように地に腰をつく。糸の切れた操り人形のように地面に吸い寄せられようとする乃亜に、駈は無意識で駆けより、鎖帷子メイルをまとった肩を抱く。  喉を射抜かれた人間は死なざるを得ない。理屈ではわかっている。わかっているのに。ゆめに怒鳴られることなのに。駈はどうしても、そうせざるを得なかった。 「砂川……!」  駈をまっすぐ見つめ返したまま、乃亜はゆらゆらと首を振る。このとき駈は、アタシはもう助からないという声を聞いた気がした。寸刻後。乃亜は駈の腕の中で事切れ、屍となる。 「青迫くん!」  ゆめの緊迫した声が背中にぶつかってくる。 「わかってる? 今回あなたは……」 「わーってる!」  躯となった乃亜をゆっくりと地に横たえさせたあと。駈は自分でも気づかぬうちに投げ出していたツヴァイヘンダーを手にとり、腰をあげた。  わかってる。いわれなくても。  今回俺は、三将配分の竜として両腕、片足スーツ・パワーアシストを与えられている。  竜は最強にして、王将に次ぐ地位を持つ駒。そんな大役を、今回俺は任されたんだ。  なにがなんでも、竜の名にふさわしい活躍をしなければならない。  深々と息を吐いたあと、駈は気持ちを新たに大剣ツヴァイヘンダーの柄を握りしめる。  馬だろうがなんだろうが、かかってこい。叩き切ってやる。今の俺には竜の力があるんだ。  心の中でそう唱え、意識的にアドレナリンのボルテージを上げていく。
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