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天使の羽衣
フラフラになった体を引きずりながら部屋を出た。
とにかく水分の補給がしたい。
すぐ目の前に冷たい水で満たされた浴槽を見つけた。
普段なら気にも留めないのだが、今の私にはオアシスに見える。
頭から飛び込みたい衝動に駆られる。
「慌てるな!
まずは汗を流し落としなさい」
今度は背後にいた彼が叫んだ。
「そして息をゆっくり吐き出しながら入りなさい」
言われた通りにしてから、恐る恐る浴槽に入った。
冷たい!!
さっきまで全開だった全身の毛穴が閉じて、皮膚が硬直していく感覚。
そして体の内側から熱が出てきて、冷たさをブロックする感じ。
例えれば薄い膜が全身を覆ってくるみたい。
柔らかくて繊細、しかし心強い、そうまるで天使の羽衣。
水温は16度と表示されている。
もっと冷たくても良いかも・・・
少し動くと羽衣が壊れてしまう。
また冷たくなる。
それがとても気持ちいい。
人が入ってくる。羽衣が壊れる。
水の撹拌が始まる。羽衣が壊れる。
何度も繰り返しを味わう。
そして沈黙の時が訪れる。
体が再び溶けて今度は水と一体化する気がする。
何も考えることができない・・・
サウナ室でいろいろと考えていたことが、全て小さい事のように思える。
そう幼き日 家族に包まれ守られていたあの頃のように、この温かな羽衣に包まっていたい。
永遠に・・・・
意識が遠くなる・・・
だけど気分は最高にいい・・・
だんだん眠くなってきた。
なんとなく足先が冷えてきた。
頭がクラクラしてグアングアンいっている。
こんな感覚は初めてだ。
アー いー ウー えー オー
私は、僕は、俺は、自分は、拙者は、小生は、あたいは、まろは、よはー本当はー、
独り言が増えてきた。
顔が水面ギリギリまでになるくらいドップリ浸かっている。
そんな時、上から彼の声が響いた。
「そろそろ限界か。
浴槽を出なさい。
次の場所に移動しよう」
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