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私こと白浪奇子は、大きめの紙袋を持って、バスに乗った。バスの中は運良く空いていたから、ふたり掛けの座席に座って隣に紙袋を置く。
紙袋の中身は、チョコレート菓子の材料。明日のバレンタインデーのために買ったけど、家では作れそうにないから、隣町にある実家に帰ってる最中。
今住んでる家には、それはもう立派な厨房がある。なんたって、喫茶店だから。でも同棲している恋人であり、喫茶店のマスターである海野さんには秘密にしておきたくて、こうして実家に向かってる。
それにしても、実家に帰ったらどうしよう?
お母さんには恋人がいるって話はしたけど、海野さんがどんな人か話してない。
海野さんとは年の差が20以上あるし、あの人はものすごく自由で、気に入らないお客さんは“俺ルール”で追い出しちゃう人。そんなところに惹かれたし、年の差とかで海野さんを恥ずかしいと思ったりなんかしないけど、お母さんにどう説明していいのか分からない。
海野さんは私にとって、初めての恋人。自分の恋愛近況をお母さんに話すなんて初めてで、ただでさえ何から話していいか分からない上に、付き合ってる日数=同棲日数だから、余計に困る……。
私がお母さんに海野さんのことをどう話すか悩んでいると、バスは目的地に到着した。お金を払って下車すると、私は深呼吸をしてから歩き出した。
実家はバス停から歩いて5分弱のところにある。決して大きくはないけど、純和風の一戸建て。部屋はほとんどが畳で、趣ある昔ながらの家って感じだけど、台所だけは現代日本。収納が多くて、家電もなかなかいいものが揃っている。
というのも、今は亡き私のお父さんはお母さんのために、台所にはかなりお金をかけてあの家を建築させたらしい。
それだけでなく、普通の貯金の他に“台所貯金”なるものがあって、家電がダメになったらそれで買うように、お母さんに渡したとか。
「お父さんがね、『台所は母親の城とよく言うだろう。是非ともこれで、快適な城を保ってくれ』って言ってたのよ」
私の中にあるお父さんへの憎しみが消えた頃、お母さんは嬉しそうに話してくれてた。
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