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次にご主人様は、手首を見つめている男の、それほど濃くもない髪を引きちぎりながら左手で頭を掴み上げ、鼻の下に目がけ、右拳をぶち込みました。立ち竦んだところに次は、鼻自体を目がけて左拳を叩きつけました。
そうそう、ご主人様は左利きです。
一瞬の間を置いて、滝のように鼻から溢れ出る赤黒い液体。
最後にご主人様は横隔膜を狙いすまし『必殺技』をねじり込みました。
男の喉から下水に汚物が流れ落ちるような音が漏れました。
ご主人様は吐き捨てます。
「本当に良い声」と。
反撃するはずのない者からの反撃。
男は崩れ落ちながら、腹の痛みと流れ落ちる血よりも、あるはずかない、という事実を茫然と受け止めることで必死のようでした。
「習い事って、ボクシング」
ご主人様はロザリオを千切り捨て、笑みもせず、怒りもせず、ただ無表情で男を見下しました。
ご主人様は本当の意味で「ご主人様」と成りました。
ご主人様自身が「ご主人様」へと成られた瞬間でした。
軽やかにドアを開け、ご主人様は、その足で産婦人科へと向かいました。
僕らの中にある、まだ"それ"と呼べる存在を消し去るため。
二つの信仰を捨て、これから"ひとり"で生きることを決めたご主人様のお顔は、実に晴れやかであり、僕らもその決断の一助となれたことを心より満足していました。
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