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カカオ襲来
「ガムいりますか?」
そう言って差し出したものの、相手は禿げ頭を小さく横に振るのみ。軽く溜息をついて俺はガムを懐に戻した。
ここは国立感染症研究所の所長室。軍の幹部である俺は「敵」に関する重要なデータが得られたとの報を受け、所長との面会に赴いていた。
だが、所長は研究データを俺に渡すのみで、もじもじして口を開かない。
重度のコミュ障らしい。科学者は変人が多いと聞くが、それにしても重症すぎる。
時間の無駄だ。もう帰ろう。俺は気が短いので、気まずい沈黙にいらいらしてきた。この異常に冷房が効いた部屋にこれ以上閉じこもる気は、とても起きない。
俺が席を立とうとしたそのときだった。
突然モニターが光る。
映ったのは若い研究員の蒼褪めた顔。
「所長!研究所に『カカオ』が侵入しました!」
「なん……だと……」
やっと喋ったな、この所長。外国人みたいな変な発音だったけど。なんてのんきに言ってる場合ではない。すぐさま俺は部下に連絡する。
「そしてわたしも……カカオに……」
研究員の鼻から鮮血がほとばしり、モニターが紅に染まる。
口からは茶色い液体、どろり流れ机を汚す。
恐怖に見開かれた研究員の目に、白い濁りがさす。肌が蝋のように固い色になり、禍々しい黒の亀裂が走る。生じた亀裂はさらに長く、深くなり、やがて……。
マイクから爆音、次いで何かべちゃりと付着する音。研究員の頭は風船のように破裂した。頭部の残骸から覗くのは刺々しいまでに鮮やかな橙。僅か残った下顎にしがみついているそれは、ラグビーボールのような形をしていた。
「カカオ」だ。
俺はトランシーバーに怒鳴る。
「国立感染症研究所にカカオが現れた。とりあえず俺が処置に向かう。何人か援護に来てくれ。至急!」
トランシーバーからざらついた部下の声。
「え、ちょっと一人で行くんですか? 大切なデータ持ってるんですよね、無茶は……」
俺は短気だ。生憎、こんなときに部下の忠告にじっと耳を傾けられる冷静さは持ち合わせていない。
防護服に着替え、急いで現場に向かった。
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