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所長が発したのは英語だった。カカオの蔓延で滅んだ北方の国で使われていた言語。世界共通語として使われていたため、俺も学生時代に学んだが、今使う人はまずいない。
キャリアという言葉もずっと昔に習った気がする。たしか、病原体に感染しているにも関わらず、症状が現れない人のことをいう。キャリアの存在によって、病気はさらに広がる。症状が現れないため、普段通りに多くの人と接触してしまうからだ。
所長が単語ごと区切るようにしてポツポツ話す。
「ワタシ、キャリア。カカオニカマレタ、デモショウジョウデナカッタ。ミンナシンダ。カカオニカマレテ、シンダ。トモダチモ、イトシイヒトモ、シンダ。ワタシイガイミンナ、シンダ」
「キャリアニナッテ、サイセイノウリョク、タカマッタ。ケガシテモ、スグナオル。ビョウキナラナイ。ロウカ、シナイ。シヌコトガ、デキナイ」
所長の目に黒い渦が覗いた。
「ミンナ、シンダ。ワタシ、シネナイ。クニ、ホロビタ。コノクニニ、イジュウシタ。ジンシュオナジ、キヅクヒトイナイ。ココ、マダタクサンヒトイル。ヒト、ウマレ、シヌ。シヌコトガデキル。ワタシ、シネナイ。エイエンニクルシム。イキテルニンゲン、ミルノモイヤ。シネルヒト、ウラヤマシイ。ネタマシイ」
「それで……我々をホワイトチョコレートで滅ぼそうと」
所長が不自然に開いた瞳孔でじっと見返す。
「ならお望み通り、生きている人間に出会わないところに連れて行ってやるよ。ドラム缶に詰め込んでやるから永遠に海溝の底で引きこもってろ」
「オマエ、ワタシノジャマシタ。キャリアノヒフニフレタモノ、カンセンスル。……キエロ」
所長の顔が大きく歪む。額に幾本もの血管が絞るように浮き上がり、隆起した顔の筋肉により目が埋没。年代物のワインのように濃い憎悪が滲み、黒々とした敵意が滴る。
俺は容赦なく武器を構える。それは、ドライヤー。強力な温風。所長の顔が福笑いのように崩れ、ぼとりと落ちて床に散らばった。
首を失った所長は、時間を止められたように固まる。
さあ、回収するか。ドラム缶にでも密封して、海の底に沈めなければならない。確実に隔離し、二度と人と接触しないようにするために。
俺は所長だったものに、歩み寄った……。
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