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壱 鏑城聖 生還
鏑城聖
黒々と刻まれていた文字はもう左手にない。本来なら喜ぶべきその事実に喜べない自分がいた。
「・・・・・・ここ・・・は?」
「病院よ」
そう答えた母親の顔は喜びと安堵の涙に歪んでいた。
悪戯に地獄にとどまった時間の間、この母親は自分のために泣き続けたのだろうか。そう思うと申し訳なかった。
母の為に生きようと思えなかったことも、
母にもらった命を簡単に捨てようとしたことも、
そして、
今この瞬間にも、命を投げ出したいと思っていることを。
「・・・ケイ」
「え?」
「・・・・・・なんでもない」
聖はそっと自分の左胸を抑えた。
一度は止まったはずの鼓動はどこまでも優しく響いていた。
『私が生きられなかった未来を、私の分まで生きてくれ』
刑部ケイは、確かにここにいる。ケイの未来を俺が生きる。
ICUのベッドの上で、聖は誓った。
ケイの分も生きるんだ。
この日から鏑城聖は、ふたつの命を背負って生きることになる。
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