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僕の心の何処かに、キシのための場所がある。長い時間が過ぎても、何人の男と寝ても、キシに愛されなかった痛みは、ずっとその場所にうずくまっている。
キシはこの間、最初からやり直すチャンスをください、と言った。
嘆きが目を覚まして、愛されなかったと恨んで、愛されたいと涙を流して、僕を苦しませることをキシは知らない。
シャワーを浴びながら、僕は声を殺して泣いた。
英司はベッドに座り、ラップトップを横に置いて、難しい顔で画面を見ていた。組んだ脚の上に、何かいっぱいに書き込まれた大きなノートがある。
「いいよ、やってて」
僕はそう言って、ベッドの足元の方に座ってタオルで髪を拭いた。
「シャツとズボンもちゃんと掛けた?」
振り向くと、英司は皮の表紙のノートを閉じたところだった。
「畳んだ」
英司は僕の顔を見て、眉をひそめた。
「さっきんとこにハンガー出してあるから掛けておいで」
「…いい」
「よくないだろ」
僕は嫌々立ち上がり、部屋を出た。広い玄関のスペースに置いた鞄の上に放り出したシャツとズボンを、ラックのハンガーに吊るす。
鞄のサイドポケットに入れたスマホを出して見てみたが、キシからの着信はあの一度きりで、留守電は入っていなかった。
英司はベッドの上をきれいに片付けていた。
「仕事してていいのに」
「いや、どうせ終わらない」
僕はベッドに上り、彼の横に座った。
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