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土曜日
午後、家に戻って、キシに電話をかけた。
-おお。
「どうも。昨日、電話くれたから」
-うん、どうしてるかなと思ってかけた。
キシは、小声だった。
「今、話さない方がいい?」
-いや、今ね、京都のお寺にいる。お堂の中から、庭見てる。
「庭?」
-嵐山、わかる?
「うん。行ったことないけど」
-嵐山にあるお寺の庭園を見に来た。雨がすごい降ってるよ、また。
「…そう」
-聞こえるかな。
さっきからキシの声の後ろで聞こえていた風が吹くような不思議な音が、ざあざあと降る雨の音に変わり、複数の人の話し声が遠くに聞こえた。
キシが、その庭の雨に向けて、電話を掲げているのが見えるようだった。
-聞こえた?
「大雨だね。あと、人がいる」
-今、人がいない方に移動するから、少し待って。
キシが立ち上がり、歩いているのが息遣いでわかった。
「別に用事はないから」
と僕は言った。
「ただ声が聞きたいから、かけただけだから」
-から、が多いな。
キシが笑いながら言った。
「あー」
-俺も、声聞きたかったよ。
キシはどこかに立ち止まったのだろう、気配の向こうにまた雨の降る音が流れ込んだ。僕は何も言えず、キシも黙ったままだった。
一人で雨を見ているキシの姿が僕の心に映って、次の土曜に会う時まで、ずっと離れなかった。
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