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月曜日
背中を軽くつつかれて顔を上げると、後ろの席の岬さんだ。
「お休み中、ごめんなさい」
「いえ…すみません、ぼーっとしてました」
「雨だし、月曜だし、だるいわよね」
昼休みはあと数分しかない。昨日もあまり眠れなかった。土曜からこっち、ずっと頭に霧がかかったようだ。
「でね、お疲れでなければ、今週の木曜に、例のサークルの練習にいらっしゃいませんか?」
「…木曜ですか」
「木曜は一応、晴れのち曇りの予報なの」
「はあ」
ランニングを目的とする集まりは社内に幾つかあり、岬さんは、古くからあるサークルの創設メンバーだ。雑談の中で、たまに走りますと僕が口を滑らせて以来、彼女は練習に来いと誘ってくれる。これまでは理由をつけて断ってきた。
「別に、今後続けて参加しなくてもいいですから」
「はあ」
「お試しで、ね。うちのサークル、気をつかわなきゃいけない人はいないから」
岬さんは声を落とし、
「メンバーは、私が厳選しています」
と付け加えた。
「僕は、いいんですか」
「もちろんじゃない」
岬さんは笑顔になる。
「じゃあ、木曜ね」
「…でも、走るのすごい遅いです」
「前にも言った通り、走り方は自由よ。男性もゆっくり一周、って方は割といらっしゃるの」
家の近所を走るのに飽きてもいたので、
「じゃ、お試しでお願いします」
と頭を軽く下げた。
「やったあ、こちらこそお願いします」
岬さんは嬉しそうに両手を胸の前で合わせた。
「靴と着替えをお持ち下さいね。いつも同じランステに行くの」
始業のチャイムが鳴り出した。
「ランステ…」
「あら、後で、リンク送りますね」
岬さんは、椅子をくるっと回して、デスクに向き直り、僕も椅子を引いて机に向かう。書類を広げて、キーボードに手を置いた。
キシが戻ってきたこの世界に、まだ焦点が合わない。いや、合わせたくない。土曜に会ったことを頭の中で反芻しないように、かなりエネルギーを使っていた。それで、こんなにぼんやりするんだ。
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